本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
お求めの本が見つからない日だってあるのです。
困っています。
先ほどから、「新社会人が読むような本」をお探しのお客さまに、何冊か本をご提案しているのですが、全くしっくりきていない様子。
もう少し情報がほしいところですが、目の前で首を傾げている若い女性は、どうやら無口なタイプなようで、追加の情報は期待出来そうにありません。
んーーー……。私と無言で見つめ合うと、お客さまは「今日は考えます」と、手に持っていた本を棚に戻します。
私が「お役に立てず申し訳ございません!!」と頭を下げると、お客さまは小さく微笑んで、他の棚へと移動して行きました。
おぉん……ごめんなさいね……。
どよーんと肩を落としている私に、「どうしたんですか!! 元気ないっすね!!」と、後ろから声をかけてきたのは、バイトのUくんでした。
彼は大学4年生。アルバイトももうすぐ卒業予定です。
「声デカっ!!」と振り返ると、「あ、すみません」と今度はささやき声になりました。
Uくんは、とても真面目で勤勉。ただ、声の音量調節が苦手なようで、油断すると声量が特大になってしまうのです。
あ、会話する私たちの横をお客さまが通っていきます。
「いらっしゃいませ」私は、お客さまに微笑みながら挨拶をしました。
これは、いわゆる“すれ違い挨拶“。お店で店員さんとすれ違う時に、挨拶されますよね? あれのことです。
簡単なことですが、「来てくれてありがとう」「いつでも声をかけてね」の気持ちをお客さまにお伝えする手段のひとつ。店員さんがにこやかに挨拶してくれるお店は、親しみやすく感じるものですよね。
私の後ろから、Uくんも「らっしゃーせ!!」と元気に挨拶。だから、声がデカいってば!!
「あ、レジ混んでる」と私が言うと、Uくんは「僕、行きます!!」と駆けて行きました。
すれ違うお客さまに「らっしゃーせ!!」
ったく、あいつの音量つまみは、小と特大しかないのかね……。
夕方から雨の予報だからか、今日はお客さまが早めに引いていきました。今日は早く帰れそう。
私は、たまったFAXの注文書を見ながら、「お昼にいらっしゃったお客さまは、どんな本が欲しかったのかしら……」と考えていました。
社会人2年目を迎えることと、仕事で悩んでいるのかも? ということしか分からなかったのです。
……。ま、いっか。私には分からなかったということだ。
とか思いつつも、何となく気になってビジネス書の棚に行ってみると、ちょうどUくんが棚を整えているところでした。
「あ、そういえばこないだ森田さんが言ってた本、すごく良かったです!! 適切に努力するための指南書って感じでした」
目の前に平積みしている本は、つい先日、何気なくUくんにおすすめしたものです。
あれ? もしかして……と私は思いました。
この本、今日の女性にはおすすめしてないけど、ひょっとして彼女もこういうのが読みたかったのかも。
私が、数少ない情報から“社会人2年目の悩み“に囚われてしまっただけかもしれないな、と思ったのです。
隣りで本の整理をしながら、感想を語るUくんに「感想ありがとね」と言うと、
「いえいえ、だって本当に読んで良かったですから!!」
「だから声がデカいんだってば!!」
私もまだまだ修行が足りませぬな。
今日は私も、自分をより高めるための本を買って帰ろうと思います。
次に彼女がやって来たら、必要な本をおすすめできるように。
【Uくんにおすすめした本と、帰りに私が買った本】
『ゆるストイック ── ノイズに邪魔されず1日を積み上げる思考』
佐藤航陽/ダイヤモンド社

「死ぬ気で頑張れ」と言われても無理なんだけど、「頑張らなくていいんだよ」と言われたら、なんかモヤる。これ、めっちゃわかりません?
もっと伸びやかに、自分の道を進みたいと思っている人へ!
これから社会に出て行く若者はもちろん、自分を見つめなおしたい大人たちにも。
『聞く力―心をひらく35のヒント』
阿川 佐和子/文藝春秋

聞く力は、人間関係を切り拓く力です。数えきれないほどのインタビューをこなしてきた阿川さんが伝える”心をひらくヒント”は、どれもこれも納得……!
この人に話したいと思ってもらえる聞き手になれたら、たぶん最強ですよね。
阿川さんを目指して精進したいと思います!!
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。