本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
宿題やったか?お風呂入れよ、歯磨けよ!…終わった? よし、ミステリの世界へ行ってらっしゃい!
もうすぐ退勤時間! 今日は帰りの電車で、休憩時間に買った本を読むのだ!
ウキウキしながらコミックの新刊売り場を整えていると、同僚のNさんが「この間話してた本、買ったよ!」と話しかけてきました。
「ドラマを3話まで観て、たまらずに原作も買っちゃったよ」
Nさんが棚を整えるのを手伝ってくれながらも興奮気味に話しているのは、先日の職場の飲み会で話題になったミステリ小説のこと。数十年前に出版された本格ミステリの金字塔が、このたびドラマになったのです。
映像化は不可能と言われた作品を、一体どのように作ったのかしら……と観始めたら、これがめちゃくちゃよく出来ていて!
同じ感想を抱いた店長とふたりで、「絶対みんな観たほうがいいよ!」と、同僚たちに布教しまくったのでした。
「あの飲み会の後、Kさんも早速ドラマを観てどハマりしてますよ」
同僚Kさんからも感想を聞いたと私が言うと、「わかるよー! 僕もなんで今までこの本を読まないで来ちゃったんだろうと思ったもん」
「でも今からあのトリックを知れるっていいですね! 私はドラマを観ても初めて読んだ時の衝撃は得られないですから」
そこにバイトのスタッフが「あ、Nさん! 聞きたいことがあるんですけど」と呼びに来ました。
Nさんが行ってしまい、すっかり綺麗になった棚を背に、さて帰ろうかと歩き出すと、私の方には若い女性から「あの、すみません」と声がかかります。
「はい、何かお探しですか?」と聞くと、「さっき、お話されていた本を買いたいんですが……」
うっかり店頭で雑談してしまった私たちでしたが(すみません)、買ってくださるなんてありがたい!
「お話を聞いていたら、めちゃくちゃ面白そうで」と言う女性に、「騒がしくしてしまって申し訳ございません。めちゃくちゃ面白いので、ぜひ!」
絶対に損はさせないわ! と鼻息荒く、文庫本を手渡しました。
「あの……他にもオススメはありますか?」
彼女はミステリ初心者なのだそう。最近知り合った人がミステリ好きで、話を聞くうちに興味を持ったのだとか。様子から察するに意中の人なのかも。
「私からも、彼に『これ面白かったよ』って本を教えたり出来たら、もっといいなと思って」と言います。
よしきた、ミステリなら売るほどあるぜ! 任せとけ! 話題作を何冊かお持ちして、選んでいただくことに。
ミステリ好き仲間のNさん、店長と3人で「これは面白かった!」と感想を話し合った2冊を特にオススメすると、そのままお買い上げくださいました。
「ごはんとお風呂を済ませてから読んでくださいね。電車では開いてはダメです」
お買い上げくださったうちの1冊を、私は仕事帰りに電車で読み始めて止まらなくなり、降りた駅のベンチでしばらく読み耽ってしまったのです。
「面白いミステリは、とにかく用事を全て終わらせてから。これが鉄則ですよ」
私の掟を守ってくださったかは分かりませんが、数日後、また彼女がご来店されました。
「こないだ買った本の続編が出ていると聞いて!」
続編の入った買い物袋を抱え、ニコニコ顔の彼女を見て、これはきっと帰りの電車で開いちゃうパターンだな(笑)、と思った私でした。
【私がおすすめした本】
『爆弾』
呉勝浩/講談社
これぞエンターテインメント!! わたくし、「そう、こういうのを読みたいんだよ!!」と、読みながら震えました。取調室の攻防、いつ爆発するか分からない爆弾。犯人とされるスズキタゴサクがとにかく憎らしくて、いっそ清々しい。お客さまが後日買われた続編もオススメ!

『檜垣澤家の炎上』
永嶋恵美/新潮社
時は明治から大正時代。横濱では知らぬ者なき大商家、檜垣澤家。当主の妾腹、かな子は、母の死がきっかけで檜垣澤家に引き取られます。商売の舵を取る大奥様とのやり取り、婿養子の不審な死、華やかな社交界と、大きく変わった環境の中を生き抜いていくかな子から目が離せない!

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。