本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
新しい年は、少しだけ新しい自分で。
先ほどから、コミックの通常版と特装版を真剣に見比べている着物姿の女性がいらっしゃいます。秋らしい格子柄の紬に引き締めカラーの帯が素敵です。
ちいさくて可愛いあいつらの漫画は、絵本などのおまけが付く特装版も大人気。
今、彼女が手にしている巻には御朱印帳が付いていて、発売当時はバカ売れ。今に至ってもずっと売れている商品です。
(めちゃくちゃ悩んでいますね……御朱印帳、可愛いですよ……買って損はなし……)と、女性の心に直接話しかけていたところ、ふと彼女が顔を上げ、目が合いました。
あれ? なんだー! その女性は、私の友人だったのです(笑)。
趣味の着物の集まりで、これからランチ会に行くと言う彼女は、電車の時間には少し早かったため、書店に立ち寄ったそう。「特装版、オススメだよ!」と言うと、「買いたいんだけど、今買ったら邪魔かなと思って悩んでいたの」と苦笑しました。
「着物ランチ会、次こそは一緒に行こう! せっかく着られるんだから」と言う彼女に「お休みが合えばぜひ」と答えます。
実は私、若いころに和裁を学んだ経験があって、決してうまくないものの、着物の着付けが一応出来るのです。それを知る彼女から、たびたび食事会に誘われていたのでした。
特装版については、帰りにまた立ち寄ることになり、「またあとでね!」と別れて品出しに戻ると、「あの……すみません」と、別のお客さまが声をかけて来ました。
控えめな声で話しかけてきたその女性は、ストンとしたシルエットのワンピースに、布製のボールネックレスを合わせています。
「先ほど、お話が少し聞こえてしまって……。着物、お詳しいですか?」
えーと、正直に申し上げるとあんまり詳しくはないですが……。私の言葉にお客さまは笑って、「私は全くわからないんです! なので、私よりも少しでも詳しければ相談にのっていただけますか?」
なんでも、40代になって急に着物が気になり始め、先日ネットで練習用の着物を購入したのだそう。
「でも本当に全くわからなくて。若いころに浴衣を着たことがあるだけなんです」
なるほど~。急に和装が気になる気持ち、私もちょっとわかります。だって、着物って若い子が着てももちろん可愛いけれど、大人の女性の方が似合うものも多いもんね。それなら私でもご相談にのれるかもしれないです!
「さっきまでいらっしゃった方のお着物、素敵でしたよね」
「彼女が着ていたのは紬の着物です。チェック柄の着物にマスタード色の帯締めが効いていて可愛かったですね」
初心者向けの着付けの本と一緒に、自由に着物を楽しむ若者たちの漫画と、私が最近読んで面白かった着物にまつわるエッセイもおすすめすると、彼女は興味津々といった様子でお買い上げになりました。
「お着付けの教室も、お嫌でなければ行かれるといいですよ。プロに教えていただくと、やっぱりきれいに着られるようになりますから」と私が言うと、「人見知りだからと思って悩んでいたけれど、やっぱり行ってみようかしら」
さっきの友人も通っていた、近所の良心的な着付け教室をお伝えすると、来年はお着物で初詣に行きたいと目標を掲げたお客さま。
「頑張ってください!」とガッツポーズで見送り、私も来年は着物でお詣りに行こうかしら、と考えます。
あの着物に祖母の古着の帯を合わせて、帯紐はあれがいいかな。想像しただけで少しウキウキして、今日帰ったら、クローゼットの奥で眠っている着物の畳紙を開いてみようと思ったのでした。
【私がおすすめした本】
『爛漫ドレスコードレス』
佐悠/ハーパーコリンズ・ジャパン
運命的に出合った帯をきっかけに、着物の世界に足を踏
み入れた撫子。はじめて浴衣で出かけたものの着崩れて
しまい、さらには下駄で靴擦れ。そんな時、浴衣を美し
く着こなす響と出会い……。自由な着こなしも、伝統を
重んじるのも、いろんな着方があって良いのだ!
着物を着るワクワクがギュッと詰まった一冊。
『きもの再入門』
山内マリコ/KAKDOKAWA
人気作家、山内マリコ先生の着物って、探求エッセイ。
40代って、他者の目線でなく服を選べるようになる、
自由なおしゃれを楽しむ入口の年代なのかもしれないと
思っています。着物だってどんどん好きに楽しみたい!
普段からおしゃれな山内先生の着物の着こなし、めちゃ
くちゃ参考になります!
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。