書店員は見た!

この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第1話

いつか子どもと繋いだ手を離すのだから。

2024年9月23日掲載

 今年の夏も、学習参考書の棚は賑わっています。
 夏期講習の帰りなのか、一人でじっくり参考書を探す学生さんや、たくさんの本やドリルで重そうなカゴを抱えた親子。
 私はその日もいつも通り、コミックの棚で出しをしていたのですが、隣りにある学参の棚から何やら揉めている声が聞こえてきました。声の主は、中学生くらいの息子さんと、真面目そうなお母さん。息子さんが「干渉しすぎでマジウザいから!」と言うと、お母さんは「全部あなたのためにやってるのに!」と返します。
 些細な親子ゲンカなんてよくあること。お二人の声が大きいわけでもないし、品出しに戻りますかね。私がそっと背を向けると、「あ、店員さんに聞いてみればいいじゃない。 すみません!」とお母さんが呼び止めてきたのです。


 お、おぉ……お二人ともまだピリピリした雰囲気ですが、この私でお役に立てますかね……? 不安を抱きつつ「はい、何かございましたか?」と微笑むと「読書感想文の書きかたの本ってありますか?」
 お話を聞いてみると、息子さんは作文が大の苦手で、夏休みの宿題は毎年大変なんだとか。息子さんに「本はお好きですが?」と聞くと「漫画なら(笑)」。


「漫画がお好きなら、きっと文章に慣れれば読めるようになりますよ。今、めちゃくちゃおすすめの本があります!」
 文章の書きかたの本ももちろんあるのですが、今”読みかた”の本が爆売れ中なのです。少年よ、『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む』を読めば、きっと君も本が読みたくなるはずだ!
 案の定、数ページめくっただけで笑いで肩を震わせる息子さんの様子を見て、お母さんはびっくりした様子。

「楽しそうに本を読んでるところ、はじめて見ました!」とカゴを持ち上げ、「年齢にあった本をネットで調べて私が選んだんですけど、息子には合わなかったみたいで」と言います。たしかにカゴの中にはぜひ読んでほしい名作中の名作がたくさん! ただ、これはたしかに本好きでないとキビシイかも……。


「本は楽しんで読むのが一番ですから。たくさんあっても、どれから手をつけるべきか悩むでしょうし、お母さまではなくご本人が選んだものを買われてみては?」とお伝えすると、お母さんは「さっき、干渉しすぎって言われちゃって。私も自覚はしてるんです。ずっと子どもが一番っていう生活をしてきて、それが当たり前でやってきて。もうすぐ高校生になるのに親側が切り替えられてないなって……。難しい年頃だし、本当なら関わり方も変えるべきなんですよね」


「わーかーるーーー。私も息子が中学生くらいの時は関わり方に相当悩みましたよ! 触るものみな傷つけるくせに、本人はガラスのハートでね……」
 私の話に爆笑して目尻の涙を拭ったあと、「たしかに何冊もあるとどれから読もうってなりますよね(笑)。これは今日はやめておきます」。
「あ、マジ? 良かったー!!」と、隣りで本を読み続けていた息子さん(笑)。
 いや、でもいつか読んでほしいよ、お母さんが選んでくれたのは、本当に名作揃いだからね!


「では、こちらは棚にお戻しします」
 カゴごとお預かりすると、お母さんが息子さんに「私もたまには本、読もうかな」。
「店員さんに面白い本聞いてみればいいじゃん。この本、マジで超面白い」と、息子さんからの推薦を受け、私が最近読んで感銘を受けたエッセイをご紹介。


『夢みるかかとにご飯つぶ』は、著者の清繭子さんが持つバイタリティに、「私も自分の人生を頑張らなきゃ!」という気持ちになる一冊です。
 お渡しした本の著者プロフィール欄を読み「あ、私と同い年だ!」と即決。お買い上げありがとうございます!
「子どもの手を少しずつ離して、自分のことを後回しにし過ぎないようにしないと……ですよね」と言う彼女の横顔は、さっきまでの”お母さん”の顔とは少し違って見えたのでした。

【今回おすすめした本】


『本を読んだことがない32歳がはじめて本を読む 走れメロス・一房の葡萄・杜子春・本棚』 
かまど・みくのしん/大和書房
みくのしんさんの人生初の読書体験を(私が)読む!という不思議な本なのですが、彼の豊かな感性に笑ってそして泣ける。こんな読書、私には出来ないと嫉妬してしまうほど。かまどさんのアシストも最高なんです。

『夢みるかかとにご飯つぶ』
清繭子/幻冬舎

母になっても、四十になっても、 まだ「何者か」になりたいという気持ち、私はめちゃくちゃわかります。そして、わかるって人、たくさんいると思う。
全編に渡って著者の優しい視点が心地良く、いつか彼女が書く小説を読んでみたい!

著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。