書店員は見た!

この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第9話

うちの店長は声がでかい。

2025年2月28日掲載

 私が働いてる店の店長は、背の低い女性です。

 小さいけど声はデカく、いつもめっちゃ元気。そして、分身の術を使っているかの如く、ものすごい速さで品出ししています。もしかすると影武者がいるのかもしれん。

 つい先日も、朝から動き回る店長に「疲れてないんですか?」と聞くと「え、今めっちゃ疲れてるけど!!」と、びっくりマークをふたつ付けたくらいの元気さで答えが返ってきたのです。

 

 あれ、ストックを出そうと向かったバックヤードの入口で、バイトの男子が店長に深刻そうな顔で話しかけています。

 普段から真面目で、はじめこそ頼りなかったけれど今は重要な戦力。私も普段からとても頼りにしている子です。あの深刻な顔は……まさか辞めるとか? それは困るー!! 話が聞こえる範囲までそっと寄っていったところ、バイトくんは神妙な顔で「店長、パーマをかけてもいいですか?」

 ん? 今パーマって言ったか? 

 成り行きを見守っていると、店長は「は? そんなの勝手にしろ!!」と元気よく言い放ちました。

 ちょ、てんちょ、言い方ーーー!! 私は、バイトくんがビビらないかと心配になりましたが、さすがの付き合いの長さよ、彼は「あ、そっスか。やったー!」

 

 その数日後、 休憩時間に本を買うことにした私。

 ここのところ繁忙期で疲れ気味。心が落ち着くエッセイや優しい文体の小説を続けて読んでいたので、ここは気合いを入れ直し、ちょっと硬質な本を選んじゃおうかな! とノンフィクションの棚の辺りをフラフラ。気になっていた本を見つけ、手に取ったところ、お昼からのシフトに入っていたバイトくんが、ブックトラックを押しながらやって来ました。「おはようございます。それ、こないだ店長も買ってましたよ!」

 テディベアのような栗色のくるくるヘアに変貌を遂げています。

 新しいヘアスタイルをほめた後、店長がさっそく買ったのならこれは買いだなと迷いなくレジへ向かいました。

 ところで、この“店長も買ってたよ報告“、はたして何回目でしょうか。お会計してもらう時に、かなりの頻度で言われるセリフなのです。

 話題の文芸作品も店長が先に買ってる。

 楽しみにしていた時代小説の新作も店長が先に買ってる。

 私が中学生の頃から読んでいる、主人公が歳を一歳ずつ重ねていく、年一で出る文庫本のシリーズも店長が先に買ってる。

 今日のノンフィクションも、先日に至っては可愛い表紙のノートですら店長が先に買ってる。

 そして、せっせとポップを書いているから間違いなくちゃんと読んでる。

 考えれば考えるほどおかしい。時間配分とかどうなってんの? 寝てないとか?

 同僚に「店長ってちゃんと寝てるのかな?」と聞くと、「あんなに元気なんだからそりゃ寝てるでしょ」と笑われ、そうだよね……と思うものの腑に落ちません。

 数日後、また本を買うべくレジに向かうと、この時間はスタッフが少ないらしく店長がレジ担当でした。

「これ、読んだけどすごいよ!!」と言いながらカバーをかけてくれる様子を見ながら、「ねぇ、店長って1日が48時間になる魔法とか使えたりします?」と聞く私に、「は? 何バカなこと言ってんの?」と怪訝な顔。

 休憩時間に読み始めたその本は、辛いのにページをめくる手を止められず、時間ギリギリ、駆け足で戻った私の後ろから、店長のでっかい声が「ほら、時間だよ!!」と追いかけてきました。

 まだ昼休憩にも入ってないのに、ごはんを食べたばかりの私より元気。ほんと、不思議でなりません。

【店長が読んだあとに私が読んだ本】

『透析を止めた日』 

 堀川惠子/講談社

長きにわたる透析を経ての生体腎移植腎移植、そして再透析の末に透析を止める決断をした夫。苦しい治療を受けながらも生への希望を失わない夫、それを見つめ続け、
壮絶な最期を看取った妻である著者。たくさんの透析患者がいる日本で、終末期の透析治療の現実を記した意味はとてつもなく大きい。今読むべき一冊。

『対馬の海に沈む  』

窪田新之助/集英社

人口わずか3万人の長崎県の離島で、車ごと海に転落し溺死したのは「JAの神様」と呼ばれた男。彼には巨額の横領の疑いがあったが、はたしてそれは彼ひとりの悪事なのか。良質なノンフィクションとは、まさにこの本のこと! とてつもない取材力と文章の力に、読了後しばらく言葉を失うほどでした。分厚いけれど一気読み!