本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
25年振りの、夫婦水入らず
今日はいまいち、調子が良くない。
朝イチのレジでミスをしたことを引きずってしまい、そのあとも失敗が続いています。お問い合わせの商品をすぐに見つけられなかったり、シュリンカー(本にビニールをかける機械)を詰まらせてしまったり……。
「あぁ、もうこんな日はさっさと帰って、家でビールを飲むに限るな」と、コミック売り場の窓から、すっかり日が落ちるのが早くなった外の景色を眺めていると、若い女性が後ろから「こんにちは!」と声をかけてきました。
振り返ると、「もう、こんばんはの時間ですね」と微笑んでいたのは、よくコミックスを買いにいらっしゃる常連さんのひとり。
休日に、ご両親と日用品の買い物がてらいらっしゃることか多いのですが、今日はお仕事帰りの服装で、同年代の男性とご一緒でした。
「今日は出先から直帰で早い帰宅だったので、このあと彼とごはんに行くんです。その前に今日発売のコミックスを買わねばと思って」
そう、今日はものすごく売れている漫画(ごく普通の少年がヒーローを目指す物語)の最終巻が発売したとあって、お店はお祭りのような騒ぎだったのです。
私が「まだ特典も残っていますよ」と言うと、彼女は「誰のカードにするか迷うーー!! 高校時代に始まったので、私の青春の全てなんですよねー」とジタバタし、その様子を見た隣りの男性が「大げさでしょ」と笑います。
彼女は「いやいや、全てだよ!」と言いながら、最終的に主人公のカードが付いたものを選ぶと「終わっちゃいましたねー……」と寂しそうに微笑みました。
私が「月末にも、買われているコミックスの新刊が出るので、ぜひいらっしゃってくださいね」と言うと、「それも最終巻じゃないですかー!」と、彼女はまた手足をバタバタとさせます。
「お店を予約した時間に間に合わなくなりそう」と彼とふたりでレジに向かう直前、「実は、年明けに引っ越すことになったんです。彼と同棲することになって……。実家はこの近くなんで、時々は来られると思うけど、今までみたいに来られなくなっちゃうんです」と、彼女はそっと打ち明けてくれました。
「お幸せに!」と私が返すと「でも、両親はちょくちょく来ますから!」
彼女のご両親も漫画がお好きなのです。
さて、その週末のこと。今度は彼女のお母さんがやって来ました。
「娘さん、お引越しされるとか。おめでたいことですが、お寂しいですね」と私が言うと、お母さんは「寂しいのももちろんなんだけど、この後夫とふたりで何話せばいいのかと思うと、ほんと困っちゃう!!」
ああぁぁ……わかりますよ、その悩み。「明日は我が身!!」と返すと、お母さんは同志とばかりに私に握手を求めつつ、「実は、娘はこの年末からいないのよ。彼と旅行に行くことになってて」
たしか、お父さんは長期休暇がしっかりあるお仕事だったはずなので、年末年始の2週間をご夫婦で過ごすことになるはず……。
「それは大変ですね(笑)」と笑ってしまった私に、「笑いごとじゃない!(笑)」とやはり笑いながら、でもたぶん結構本気で困っている様子。
「おふたりとも漫画がお好きですよね?」と聞くと、「そうね、私は少女漫画で、夫は主に青年誌系かな」
「娘さんの漫画は読まれないんですか?」
「食わず嫌いっていうか、私の場合は子どものころから少年漫画を読まないできてしまったから……」
「でも、時々読まれてますよね?」私が、社会現象になった、鬼と戦う少年の漫画をあげると、「そうね、あれはものすごく面白かった!」と言うので、「ご夫婦で娘さんの漫画を読んでみるのはどうですか?」
漫画好きなおふたりなら、ヒーローを目指す少年の話は絶対楽しめるはずです。
「そうかしら? 試しに娘に借りて読んでみますね!」と言った翌日……。
またお越しになったお母さんが、「ねぇ、面白かったわ!!」と興奮気味に言うので、笑ってしまいました。
「そうでしょう? もしかして全巻読まれたんですか?」と聞くと、「まさか! 読みたい気持ちを堪えて、年末にかけてゆっくり読むことにしたの。読み終わった巻から夫に回して、夜はふたりで感想を話しながら飲む!」
まぁ、なんて素敵な年末年始の過ごし方でしょう。でも、長期休みだともう少し本が必要なのでは?
「最近面白かった漫画、教えてくれる? 買い込んで年越しするから」と言う彼女。
週末にご夫婦でいらっしゃって、かごにたくさん買って行ってくださいました。
オススメした中から2冊、皆さんにもご紹介しますね。年末年始のお供にぜひ、まとめ買いして読んでみてください!
【私がおすすめした本】
『路傍のフジイ』
鍋倉夫/小学館
フジイのカッコ良さは大人だからこそ分かるのです。いつの間にか空気を読むことに神経を使って、自分基準の幸せを見つけることが出来ない自分に気づき愕然。なんでもない日常の中で、そんな価値観を軽々と飛び越えていくフジイは、現代のニューヒーローだと思います。
『星降る王国のニナ』
リカチ/講談社
皆さん、ファンタジーはお好きかな? 王道ファンタジー×王道の三角関係! どちらの王子も捨てがたく、どちらを選ぶかを肴に軽く5時間くらいは語り合えそうです。主人公のニナが自分で運命を切り拓く姿もとても良い。推せる漫画です!
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。