お名前 never knows
私にはネーミングセンスがない。幼稚園の頃、ペットのハムスターにつけた名前は「ペルランド・ペリー」、その次に飼ったハムスターの名前は「ムハハーム」だった。
そんなネーミングセンスが終わっている人間でも、子どもを産むとなったら避けて通れないのが名付けだ。名前は親から子への最初のプレゼント、とよく聞くが、果たして私は子どもにちゃんとプレゼントを渡せるのだろうか。ハムスターのネーミングという負の経歴が、私の不安を駆り立てる。
妊娠24週目のある日のこと。突然、いい名前が「降りてくる」感覚があった。
あれっ、今思いついた名前、めちゃくちゃ良くない? 苗字と続けてフルネームで頭に浮かべてみたりして、その良さを噛みしめる。いいなあ、えっ、めちゃくちゃいいじゃん。忘れないうちに即座にスマホにメモをする。
名前が降ってくるタイプ、非常に天才肌っぽい。思えばミスチルの桜井さんも、楽曲のメロディが降ってくる瞬間があるとインタビューで語っていた。
神はひとりにひとつ、何かしらの才能を与えるとよく聞くが、私の場合は子どもの名付けだったというのか。
「そうですね。なんか、自然に降ってくるっていうか……」。『プロフェッショナル 仕事の流儀』で「子ども名付け師」として密着されるシミュレーションをする。
同じ頃に夫も子どもの名前を意識しはじめたらしく、私たちの間では名前の話題が頻繁に出るようになった。ある日、食事をしていると夫がポツリと言った。
「この国を守る存在になってほしいから、国守(くにもり)はどう?」
思想、強(つよ)。
夫の思想が強すぎて椅子から転げ落ちそうになった。
「ちょっと、メッセージ性が強すぎるかな」
夫の思想を否定しないよう細心の注意を払いながら、私はやんわりと伝えた。
すると夫はくじけずに新たな提案を投げかけてくる。
「じゃあ、日本という国の歴史を継ぐ人間になってほしいから、国継(くにつぐ)は?」
一旦「国」のこと忘れてくんねえかな……。
名付けにおいてこんなにも国に貢献することを考えるのは、戦後以来初ではないか。
別にそれが悪いとは言わないが、私がメモした名前を見ると「伊織」「奏」「遥」など、字の持つ意味よりも響きや字面がかっこいいものばかりで、はっきり言って国継(くにつぐ)とは真逆である。
ためしに私の考えた名前を提案してみると、「え~? なんかちょっと違うな」と苦い顔をされた。私と夫の好みが決定的に合わないことが浮き彫りになった瞬間だった。
さらに、胎児ネームでもひと悶着あった。
胎児ネームとは、お腹のなかにいる赤ちゃんにつける期間限定のニックネームのことを言う。正式な名前が決まるまで、愛情を持ってお腹に呼びかけるためにつけるものなのだが、私のお腹に向かって夫が小声でこう呼んでいるのが聞こえた。
「ハピ男……」
えっ……?
私は耳を疑った。
「ハピ男って何……?」
「え? ハッピーに過ごしてほしいから、ハピ男ですけど……」
当然ですが? といった表情でそう返してくる。
胎児ネームについて検索すると、エコー写真に丸い頭が写っていたから「まるちゃん」、小さいから「ちぃちゃん」、お腹をトントンと蹴ってくるから「とんちゃん」など、エピソード込みでほっこりするような名前が多い。
それが我が家では、ハッピーな男と書いて、「ハピ男」。ひょっこりしている人と書いて「ひょっこりはん」、と全く同じ方程式である。ハッピーでいてほしいという夫なりの愛情は伝わるが、愛情をダサさが余裕で上回ってしまっている。
「なんかさ、ダサくない?」
「は? ダサくねえし」
思春期の中学生男子みたいな反応を見せる。
私がもっと別の名前を考えたいと言っても聞かず、夫は頑なにお腹に向かって「ハピ男」と呼び続けた。
これ、めちゃくちゃマズい状況なのでは。
私たちは名づけるだけで、その名前で生きていくのは子どもだ。名前に込められた意味、漢字の書きやすさ、口にした時の響きなど、そのすべてを子どもは生涯のさまざまな局面で一身に受け止めることになる。
人生のなかで結構な回数をこなさなければならない自己紹介の度に「嫌いだな、この名前」と思いながら生きるのは、人生の満足度が、ちょっと、いや、だいぶ下がる気がする。
「名付け」という作業の重みを改めて痛感し、私は気が遠くなった。いっそ誰か、ネーミングセンスのある人に代わりに決めてもらえたら……と一瞬頭をよぎったが、いや自分の子どもの名前は絶対に自分たちで決めたいわな、と、代理で名付けてもらう考えはすぐ消し去った。
危機感を抱いたのは、夫も同じだった。
腰を据えて話し合う必要があると判断したのか、ある日「緊急名付けミーティング」の招集がかかった。
夫は私を、自身のパソコン机に呼び寄せる。
2つ並ぶモニターの、片方にはExcelを、もう片方にはGoogleのブラウザを映し出した。
「まず『良い名前』ってなんなのか、定義していきたいんだよね」
「定義……」
夫はExcelの1つのセルに「外国語で変な意味にならない響きや漢字であること」と書き出した。
「たとえば、日本では普通でも、中国語だと変な意味になる漢字とかあるから、そういうのは避けたい」
なるほど。私は、名付けといえば人から呼ばれてアガるやつ、というパリピみたいな認識しかしていなかったが、夫は大変合理的な方法で名前を決めようとしている。たしかにそのほうが、お互いが納得したうえで名前が決められそうだ。
そこから2人でああでもないこうでもないと話し合い、名前に入れたい要素を洗い出していった。それが以下の4つである。
① 外国語で変な意味にならない響きや漢字であること
② ローマ字の表記揺れをしないこと(たとえば中大兄皇子は「Nakano ooenoooji」や「Nakano oenooji」など表記揺れする)
③「名付けランキングTOP50」に入っていない、人とかぶらない名前であること
④ 性別にとらわれない中性的な名前であること(たとえば「ケイ」「ユウ」「アスカ」などは男女どちらでも違和感がない)
この時点で、私はいたく感動していた。
ついこの前まで「ハピ男」とか言っていた人の口から、「性別にとらわれない名前にしたい」という提案がされるなんて思いもしなかったからである。ていうかマジでハピ男って何?
次に私たちは、息子にどんな人生を歩んでほしいかを考え始めた。笑顔が多いといいよねとか、聡明に生きてほしいとか、やっぱり健康が第一だよねとか、まだ見ぬ息子に思いを馳せて、口々に言い合う。
でも結局は「幸せな人生」を過ごしてほしいよね、というシンプルな結論に至って、私たちは「幸せ」を意味する漢字を調べ始めた。
日本では人名用漢字というものが定められていて、そこに該当する漢字は名付けに使うことができる。その中から、幸せを感じさせる名前を探していく。
「ねえ、この漢字すごく良くない?」
夫が不意に、ひとつの文字を指差して言った。その一文字には「めでたい」「生き生きとしている」といった意味があるらしい。
「良い!!!」
私は興奮した。子どもにつける名前として、最高じゃないか。あなたが生まれてきて、私たちはめでたいと思ってる、という喜びを、たった一文字で伝えられる。
降ってきた候補があんなにたくさんあったのに、すべて頭からさっぱり消え、その漢字が入った名前以外考えられなくなった。これにて私が「天才子ども名付け師」として世界を股にかけることはなくなった。
ただ、その漢字1つだけでは名前らしくならない。私たちは後ろに続く文字を「き」にしようと決め、該当する漢字を調べはじめる。
「き」には貴、基、樹、喜、季など、名前に使える漢字がものすごくたくさんある。片っ端からExcelに打ち込んで、先に決めた漢字と組み合わせて字面を見てみると、ゲシュタルト崩壊を起こしはじめた。全部良く見えるし、悪くも見える。
「なんかもう、疲れたしこれでいこうか」と「鬼」が候補に上がるなど、ミーティングは難航した。
最終的に3つまで絞り込まれた「き」だったが、ある1つの候補が、漢字の意味や画数や響き、書きやすさなども含めて検討した結果、採用された。先程決めた、①から④の条件もすべてクリアしている。
フルネームでExcelに打ち込んでみる。フォントのサイズを大きくし、画面いっぱいに名前を映し出す。しばらく2人で黙ってそれを眺めた。
「……良いね……」
「うん……良いな……」
見慣れた苗字のうしろに続く新しい名前を、噛みしめるように眺める。
夫は、子どもの名前の上に、自分自身の名前、そして私の名前を書き加えた。3人の名前が並んだ様子を見て、また口々に「良いね……」と言い合う。
こんなに素晴らしい名付けができたというのに、気恥ずかしいからか、夫はお腹に向かってまだ「ハピ男」と呼びかけ続けていた。
神からせっかく与えられし名付けパワーを温存しているのはズルいと思ってしまい、なんだか悔しくて私は結局一度もハピ男とは呼ばなかった。
***
出生届を出して数週間後、自治体からマイナンバーに関する書類が届いた。封筒には「様」とついた子どもの名前が、仰々しい明朝体で印字してある。私はそれを見て、いたく感動した。
この子は、あの日私たちが考えた名前で、たしかにこの世に存在している。
Excel上にしか存在しなかったその名前を、役所の誰かがパソコンに打ち込んで印刷し、封をしてポストへ入れ、郵便局のバイクに乗ってこの家へ届けられた。
あの日、私たちがうっとりしながら眺め続けた名前は空想で終わったわけじゃなくて、ちゃんと世界に認められたのだ。
布団の上でもぞもぞと動く息子に、「ほら、君の名前が書いてある」と封書を見せてみる。
まだぼんやりとしか見えないつぶらな瞳は、差し出された封書を捉えることなく、天井を見つめたままだ。
あんなにたくさんの候補があったのに、この名前以外の君がもう想像できない。そのことが、不思議で仕方なかった。
噛みしめるように名前を読み上げて、小さな頭をゆっくり撫でる。この世界に君が生まれたことを改めて実感し、私は胸が熱くなった。
ライター・コラムニスト。1976年北海道知床半島生まれ。テレビ制作会社のADを経てファッション誌でヘアスタイル専門の美容ライターとして活動したのち、書籍ライターに転向。現在は、様々な媒体にエッセイやコラムを執筆する。
著書に8万部を突破した『女の運命は髪で変わる』、『書く仕事がしたい』など。理想の男性は冴羽獠。理想の母親はムーミンのママ。小学4年生の息子と暮らすシングルマザー。