30歳過ぎたら、自然と「大人」になれると思っていた。
でも、結婚や出産もしていないし、会社では怒られてばかり。
友達を傷つけることもあるし、恋愛に一喜一憂しているし、やっぱり自分に自信が持てない。
「大人」って何なんだ。私ってこのままでいいのか。
わかりやすいステップを踏まなかった人間が、成熟するにはどうしたらいいのか。
35歳を迎えた兼業文筆家が、自意識と格闘しながらこの世で息継ぎしていく方法を探す等身大エッセイ。
ケア初心者のための観葉植物入門
集めているものがある。先日は、友人の家に行って2つ分けてもらった。今日も新入りを2つ出迎えたところだ。6つとなった彼らは今、窓際に並んで、空間に華を添えてくれている。いや、「華」はおかしいかも。葉っぱだけだから。そう、集めているのは、観葉植物だ。
この家に引っ越してくる前、我が家に観葉植物はゼロだった。じつは2鉢育てていたのだが、猫がやってきたあと、一鉢は食い尽くされて枯れ、もう一鉢も引き倒されて鉢が割れた。猫は悪くない。猫と植物の隔離を怠り、彼らが瀕死になった際にも適切なレスキューを行わなかった私が悪い。無限に葉を食われ避難させたベランダで枯れ果てたエバーフレッシュはともかく、鉢から飛び出てしまっただけのモンステラのほうは、植え替え措置を講じれば生きながらえたはずだ。ただ、その頃の私は、恋愛も仕事もうまくいっておらず、生活の端々にキャパオーバーの合図が出ていた。猫の面倒を見て、土まみれの床を片付けるのがやっとだった。いや、猫とじゅうぶん遊ぶ余裕がなくて、猫もストレスをためていたのかもしれない。ひろい部屋を購入して引っ越し、恋愛が終わり、部署異動が決まってようやく、余裕ができた。エバーフレッシュとモンステラに心の中でお詫びをしつつ、新しい子たちを迎えることに決めた。余裕のシンボルであり、再生の決意として。
6鉢のラインナップは、大2、中1、小3。
大きい組2鉢は、引っ越し祝いで冬の間にもらっていたものだ。フィカス・ベンガレンシスとドラセナ・コンシンネ。フィカスはゴムの木の仲間でくねくねと曲がった幹が、どことなく人間の背骨のよう。ドラセナは正反対に、幹も葉もぴんとまっすぐで、剣のように鋭いフォルム。2種類とも猫に対して軽度の毒性があるが、猫の手が届かないサイズのものを贈ってもらい、さらにドラセナはスツールの上に置いた。どちらも冬の間は静かに佇んでいたが、春になってから、枝葉の間に、新しい葉の気配を感じるようになってきた。
そこに先日、友人から「観葉植物が増えすぎたので、もらいにきませんか」と声をかけられた。会いにいくと、15鉢くらいあった。高さで30センチ以内のものがほとんどで鉢もコンパクトだったが、たしかにこれだけ数があると、手狭だろう。100均ショップで売っているのを見かけるたびについ買っていたら、増えていたのだという。言われてみれば、小さな植木鉢、100均にもある。あれって、ここまでちゃんと育つんだ。器用すぎる! 私はこれまで、大きな鉢を通販で買ったことがあるのみ。小さい鉢にむしろ「育てる」ハードルを感じていた。ああ、思い出した。イギリス留学中、1ヶ月だけ滞在させてもらった部屋があった。家主が仕事のリサーチで海外に行く間、部屋を使わせてもらうという契約だったのだが、そこで家主が育てている、小さな多肉植物たちの水やりを頼まれたのだ。10鉢ほどあっただろうか。ルーズリーフに書かれた各植物のイラストと、水やりの頻度・量にあわせて水をやるというルーティンだったのだが、「この子は水曜だけ」とか「この子にはコップの3分の1だけで」とか、かなり細かく指示を受けていた。家主の植物愛と、ケア能力の高さに憧れつつ、自分には無理かも……と思った出来事だった(このとき、自分のなかで「美人」のイメージに「植物がちゃんと育てられる人」が加わった)。しかし、友人いわく、品種を選べば世話は簡単だし、最近は水やりをアラートしてくれるアプリもあるから、ズボラな人間でもどうにかなるという。猫との相性を考えて、ペペロミアとパキラの2鉢を譲ってもらった。小さな鉢は小さいぶん、ちょっとした変化がわかりやすい。とくにパキラは、次から次へと新芽が出てくる。我が家に来たときやわらかな芽だったものが、すでに人間の手のひら大となって緑を深くし、そのあとを、さらに新たな若芽が追っている。
どんどん伸びろと応援してしまうが、葉や茎だけがひょろひょろ伸びても不恰好。「徒ら(いたずら)に長くなる」ということで、徒長というらしい。幹を育てるにはしっかり日を当てなければならない。増えた鉢を日当たりの良い場所に並べておけるよう、そして猫と植物を互いから守れるよう、プラントスタンドを買うことにした。IKEAのサッツマスという商品で、70センチの高さがある。脚と天板をネジでつなぎ、20分くらいで組み立てられた。白いスチール天板に鉢を並べると、緑が一気に視界に入るようになった。心安らぐ。水やり管理のアプリもダウンロードした。日照計機能があり、日あたりに合わせて、水やりの間隔をアラートしてくれる。
こうなると、勢いがつく。もっと我が家を「森」にしたい。そう思って購入したのが、今日届いた最新の2鉢だ。色で遊ぼうと、フィロデンロドン・ピンクバーキンとモンステラ・タイコンステレーションを選んだ。前者は名前のとおり、葉の裏や茎がピンク色をしている。後者のタイコンステレーションとは「タイの星座」という意味で、星のように点々と白斑が散っている。緑の品種と比べるとお値段は張ったが、そのぶん一点物の要素が強くて面白かった。とくにモンステラは、同じ通販サイトで売られていても、出荷元の植物園によって、斑の入り方が全然違う。これは、……「沼」だ。盆栽に何十万も注いでいる人たちの気持ちがわかってしまった気がする。届いた2鉢と、フィカス以外の3鉢を、サッツマスの上に飾る。ぎゅっと隙間なく置くことで、猫が台にのぼるのを防止する。本当は部屋に点々と並べたかったが、これはこれでコントラストがわかりやすく、いい感じかも。
長旅をいたわりながら、新入りたちに水を与える。そう、じょうろも買った。ここまでは空きペットボトルで水やりをしていたのだが、さすがに鉢が増えたので、IKEAで購入した。専用の道具を使うと、単純な行為に専門性が生まれることを知った。気分はすっかり森の番人だ。
「顧客の皆様の生活に季節感ある潤いとつややかさを御提案することを目標としております」
モンステラの出荷元である園芸業者のウェブサイトに書かれていた口上だ。うるおいとつややかさ。たしかに欲しかった、と手に入れてから思う。植物があると、室内の、水と光の存在に敏感になる。
植物がいいのは、変化が見えやすいところだ。人間も動物も、赤ちゃんでない限り、昨日と今日でそこまで違いが出ることはない。変化が見たいからと動物の赤子を育てたいと思うのは、慎重に判断すべき欲望だが、植物なら、もう少しだけ気軽に迎えることができる。
これは、手をかけた実感がつかみやすいということでもある。葉に霧吹きで水をやるだけでも、植物がいきいきしたのが見える。妙な方向に伸びた茎を切ると、きちんと軌道修正した茎が生えてくる。こんなに短期間で結果が出ることって、大人になるとなかなかない。行き詰まったときに「わー! 全部捨てて全部やりなおしたーい!」と思ってしまうタイプだからこそ、観葉植物の世話を通して、「小さいケアで小さく良くする」ことの効能を実感するのは、かなり精神にいいと気づいた。動物の世話よりも、自分の肌を気にかけるのに近い感じ。植物を育てる気力と、スキンケアとか運動とか、自分をメンテナンスする気力は連動しているような気がする。ちょっとしたケアを継続するための時間が維持できているということだから。植物は葉の気孔から、水分を蒸散する。そのせいか、私の肌も調子がいい気がする。というか植物が増えてから、明らかに自炊の回数も増えている。植物が生きやすい部屋って、私にとっても暮らしやすい部屋になるのかも。
これから観葉植物を育てたい初心者にもハードルが低いのは、やはりパキラだと思う。耐陰性が高く乾燥に強い。また、犬や猫にも無害だ(食われるリスクはある)。さっきダイソーに立ち寄ったら、3株入って300円で売っていた。ネットで調べると、ダイソーにはたまにレアな苗も売っており、ダイソー観葉植物巡回界隈があるようだ。成長を楽しむ上でも、ちょうどいいサイズのものばかり。私もつい、ピレアという苗を買って帰ってしまった。あっという間に7株だ。
植物たちがお休みモードで水さえやっていればよかった冬と異なり、育ち盛りとなるこれからの季節は、日照や肥料を細かく気にかける必要がある。場合によっては、植え替えも必要だ。難易度はなかなか上がるが、自分のケア能力のステップアップチャンスということで、わくわくできている。1年後、「私だけの森」が出来上がっているといいなあ。
※筆者注
今回出てきた植物のなかには、猫に毒性があるものも含まれています。猫を飼われている方は、置き場所や毒性の強さ、猫の植物全般への関心度合いなどを考慮して、自己判断でお迎えください。

平成元年、東京生まれ。女子校とボーイズラブで育った文筆家。オタク女子ユニット「劇団雌猫」のメンバーとして活動。オタク文化、BL、美意識、消費などに関するエッセイ、インタビュー、レビューなどを執筆する。単著に『沼で溺れてみたけれど』(講談社)、『それでも女をやっていく』(ワニブックス)など。