わからなくても近くにいてよ

この連載について

いつも、相手のことがわからないと思っている。
わからないと思いながら笑ったり驚いたり嫉妬したり、毎日おろおろしている。
話したい、のに話しかけるのが面倒でうやむやになってしまうことばかりな気さえする。
わかりたいのは不安だから。自分ばかりが求めてしまうことに辟易しながら、わからないからあなたとかかわりたいと思う。
お前はいつも鬱陶しい!とつっこみながら読んでもらえたらうれしいです。

第2回

手渡せるものなど

2023年5月24日掲載

                              

 友人家族と会うのは一年ぶりだった。ちょうど一年前の今頃、うちでお別れ会を開いた。昼間から友だちを集めて、ひとりはボウルいっぱいに仕込んだ鶏肉を抱えて現れ、キッチンでから揚げを大量に揚げてくれたり、みんなおのおのカレーやワインなどを持ち寄って、夜までとてもにぎやかな会だった。わたしは会場であるうちのリビングを彩るために、コピー用紙をつなげて、裏をセロテープで留め、「いままでありがとう、離れた場所でも元気でいてください」と、クレヨンで大きく書いて、周りを輪飾りで囲った。
 夫の就職で縁のない土地に越してきた、という者同士、彼女はわたしにとってここで初めてできた友だちだった。もちろんまたいつかどちらかが引っ越すことになることは折り込み済みで、ふたりでお茶をしたり飲みに出かけたり、子どもが生まれてからは家族同士で仲良くしてきた。わかっていたはずなのに、「今度の三月に引っ越すんです」と聞いたとき、なんで先に行っちゃうの、と思ってしまった。でもそんなこと、彼女だって夫の仕事の都合でまた新たな土地に行くのだから、きっと不安だろう。

 お互い大人だから、寂しいね、と言い合って手を取って泣いたりしない。でもわたしは泣きたかった。そういま書いて、ちょっと驚く。そうか、わたしはそのくらいほんとうは寂しかったんだ。当時はそんな自分の気持ちに気づかなかった。なんならちょっと不貞腐れていた。だから彼女がどのくらい不安でいまどんな気持ちなのか、わからなかったし、訊くことはしなかった。

 会うたびににそのとき話せること、話したいことは話していたつもりだったけれど、わたしは彼女がある時期に希死念慮を抱えていたことをまったく知らなかった。それは別の友人から聞いたことで、なぜ自分に話してくれなかったのか、そのことばかりを考えてしまった。彼女がいちばん苦しいときに力になれなかった、ならせてもらえなかったことがとにかく悔しかった。
 自分は彼女にとって、結局はそこまで大事な友人ではなかったんだな、と勝手に結論づけて、彼女が引っ越すまで、こちらから連絡は取らなかった。いま思えばほんとうにつまらない意地を張ってしまった。引っ越しの当日だって、彼女のことを気にかけながら、そうやってそわそわ気にするのならすぐにでも家を出て、これまで何度もお邪魔したアパートに自転車を走らせて、新幹線で食べるのにちょうどよさそうな、彼女が好きだったケーキ屋のちいさな焼き菓子を渡して「これまでずっと、仲良くしてくれてありがとう、どうか元気でね。またすぐに手紙を書きます」って笑顔で見送ればよかったのに。でも、だって、うちで盛大なお別れ会も開いたのだし。もしふたりで会ったらしんみりしてしまって、何を話せるかわからなかったから。自分ばかりが頼っていたこと、自分ばかりが彼女を好きだったことが知られてしまうのが、恥ずかしかった。

 大人になってからの友人関係って全然よくわからない。そう、夫に何度もこぼした。小学生の頃のように絶交することも、そしてすぐにあっさり仲直りすることも、お互いを「うちらって親友だよね」と確認し合うことも、交換日記で好きな人を教え合ったことも、だれかの悪口を思いっきり言い合うこともない。大人同士の友情は、とてもおだやかだ。相手がおだやかであれば、なお。子どものころの友情が全速力の体当たりだったなら、大人になってからのそれは、ただ並んで一緒に歩くことだった。木陰の道を選んで、疲れたらカフェに寄って。それでいいじゃないか、と思うのに、ときおりそれがたまらなく寂しいのだった。そんなの、しんそこ自分勝手だと思う。子どもの頃のあの関係性に満足していた、これが友情なのだと胸を張って言えたわけじゃない。あの頃だって手探りだったはずだ。昔のようにすべてをぶつけ合う関係だけが友情の正解だなんて思わないのに、ただひとりで勝手に寂しくなって、でもそんなこともちろん友だちには言えない。わたしたちは大人だから。


 「久しぶりにみんなで旅行に行きませんか?」と声をかけたのはわたしだった。昨年冬に夫の出張について行くかたちで、中部地方へ引っ越した彼女のお家にお邪魔する予定だったのが、うちの子どもが急に発熱し、それが結局かなわなくなった。ざわめく名古屋駅のあんかけスパゲッティの店で、新幹線を待つ三〇分足らずの間、お茶をした。もっとゆっくり話したい、それならまた以前のように旅行に行きたい、と思った。お互い子連れの旅だからやっぱりそこまでのんびりはできないかもしれないけれど。でももっとちゃんと会いたかった。それで、お互いの家のちょうど中間地点、ということで選んだ有馬温泉に行くことになったのだった。
 初めて訪れた有馬温泉は、思ったよりも賑わっていた。新鮮な気持ちで楽しむために前情報をほとんど入れずに行ったからか、勝手にもっとさびれた雰囲気だと思っていたが、いざ着いてみればとにかく人が多い。卒業旅行シーズンということもあってか、どこもかしこも若者だらけで、どこかの温泉地に似ている。あ、箱根とか? うわ、めっちゃ箱根だ。そう言い合って坂道に軒を連ねる店を冷やかして回った。
 宿に着いてからは、夫たちが子どもをお風呂に連れて出てくれたおかげで、友人とふたりでゆっくり温泉に浸かることができた。露天風呂はたまたま貸切だった。なんとなく、静かな温泉で女友だちとふたりになると、改まった話をする空気になる。そんなことがいままで何度も場面として、あった気がする。将来のこととか、そういうことをどちらともなく話す。なんでだろう、裸だからか? わたしたち、裸の付き合いじゃん、なんて言うような友人たちではないのだけれど。

 やっぱり今日もなんとなくちょっと改まった感じになって、わたしの方から彼女に「山口を離れてどうですか、寂しくなったりはしないですか?」と訊いてみる。
「うーん、場所にかんしては寂しいというより、懐かしいって感じかなぁ。でもラジオであいみょんの新曲が流れて、あいみょん好きだった職場の人を思い出したり、静香さんのこともそうだけど、そうやって誰かのことはふいに思い出して、寂しくなりますね」と言葉を選びながら応えてくれる。彼女はやっぱり誠実だな、と思う。安易にすぐ誠実だ、と思ってしまう。だってわたしならたぶん、「あーうん、寂しいっちゃ寂しい!」とか適当なことを言ってしまうから。そうだ、彼女はちゃんと「いま」をことばにしてくれる。そのことがわたしは、いつもうれしいのだった。
 ちょっとの沈黙があってから友人はふたりきりの露天風呂でこう切り出した。
「わたしが死にたいって思っていたのを、あのとき静香さんに話さなかったのは、というかその話をほかの友だちにしていたのは、全然静香さんが信頼できないから、とかじゃないです」
 やっぱり真っ直ぐ目を見て話してくれるから、だめだ。目の奥が、というか目のまわりがにわかに熱くなる。以前、当時のことについて「彼女にとってわたしは一番に信頼できる友人ではなかったのだなと思った」と、そうわたしは書いたのだった。初めて出るエッセイ集に、そんなふうに書いてしまった。もちろん、彼女はそれを読んでいる。本になる前のゲラも読んでくれていた。怒って、彼女に知らしめるために書いたわけでは決してない。自分の無力さを、力になれなかったことをただ、悔んでいた。そして、わたしはそれを彼女に直接伝えることができなかった。とても回りくどく、ある意味無遠慮な仕方で、文章にして、わたしは彼女にそれを伝えた。力になれなくてごめんなさい。でもずっと友だちでいたくて、離れていても、そう思っていることを、どうしても伝えたかった。
 赤褐色の湯舟のなかで、わたしはたいした返事ができなかった。「そんな、うん。なんかすみません。でも話してくれてありがとう。一年越しにこうやって伝えてくれて、うれしいです」そんなことしか返せなかった。そもそも、たいがい子どもじみている。友だちがとてもセンシティブで苦しい話を自分に打ち明けてくれなかったことに、ひとりでショックを受けていたなんて。こうして一年越しに、当時の自分の気持ちを伝えてくれる彼女の真摯さに打たれる。うーっとなる。ほんとうに胸のあたりがうーっとなって、そのまま温泉に沈んでしまいたかった。不甲斐なく、なにもできず、いつもおろおろするだけの自分を沈めてしまいたかった。涙が滲んで、お湯を両手に掬ってごしごしやる。視界の隅で、彼女も同じ仕草をしたように見えた。
 
「静香さんに、あのときのことを話さなかった、というか話せなかったのは、そのとき静香さんがあーちゃんを産んですぐで、命のそばにいたからです」
 そんなの、ぜんぜん知らなかったよ。そんなの知らないよ。言ってよ。大丈夫だよ。彼女は、自分のつらさをそのままこちらへ寄越そうとしなかった。かんがえて、わたしに話さなかったのだ。きっとものすごくかんがえて。それを思って、また泣けた。もっとわがままでいいのに。子どもが生まれてすぐの頃だったって、わたしは大丈夫だったよ。あなたの話を聞くことができたよ。そう言いたかった。でもそんな言葉は出てこなかった。泣いちゃだめだと思った。たくさん汗をかいていても、それが汗じゃないことくらい見ればわかるのに。

「わたしは、今までもこれからも静香さんのことが好きですよ」

 そんなこと言われたらかなわない。何も言えない。でもいま言わないと後悔する。「ええと、わたしもすごく好きで、大事に思ってます。これからも友だちでいたいです」わたしもです、と彼女は言ってくれた。静香さんのこと、好きです。ありがとう、と。そう、わたしたちはずっと、敬語で話す。慕わしさを保ったまま、わたしたちはわたしたちのこの距離感で、こうして仲良くしてきたのだ。


 それ以上、お互い何も言えず、わたしはまっすぐ彼女の顔を見ることもできなかった。沈黙のなか、露天風呂の引き戸が開いて、おばあさんがひとり、ゆっくりこちらにやってくる。いつだって、いままでだってずっと彼女から受け取るものは、そのときその場面おいてそれがすべてであって、裏も表もない。なかった。そのことに、わたしはなぜ気づけなかったのだろう。そんなこと、疑う余地はないのに。信じるとか信頼されているかどうかとか、そういうことじゃなかった。全然なかった。

 ほんとうは、友情なんてずっとじゃなくていい。わっと仲良くなって、離れてしまえば自然に疎遠になるものだ。だって住む場所もこんなに遠い。そう言ったら、彼女は「そんな寂しいこと言わないでください」って言ってくれるかもしれない。でも、こうしてお互いのかけがえのないいま、を交換できたことに、わたしはずっと生かされる。大げさだろうか。そろそろ出ましょうか、と彼女が言って、けっこう長く入っちゃいましたね、とお湯を上がる。その夜、子どもたちを寝かしつけた後の真っ暗な部屋で、お互いの表情もよく見えないまま四人で静かにお酒を飲んでしゃべったこと。いっそすべて忘れてしまってもいいくらい、ほんとうに楽しかった。

                                       (写真:著者)

著者プロフィール
堀静香

1989年神奈川県生まれ。山口県在住。歌人集団「かばん」所属。
中高非常勤講師のかたわらエッセイや短歌をものする。
著書に『せいいっぱいの悪口』(百万年書房)がある。
晶文社スクラップブック「おだやかな激情」連載中。