車椅子の斉藤さんとパラグアイへ

第10回

どこまでも歩いていった土曜日

2025年1月28日掲載

廣川さんが長く付き合っている知的障害者Bくんの話がつづく。

「たとえばぼくが障害者で、介助者がいい加減なことをしていたら「あいつ、手ぇ抜いとんな」って気付きますよね。でも知的障害者は雑なことをされてもなかなか気付けない。介助者の仕事を細かくチェックできない人が多いんです。Bくんなんかもそうで、介助者との関係でいやなことがあっても自分が悪いと思ってしまう。社会のなかで「おまえは無能なやつだ」という目を向けられ続けてきたせいかもしれません。とにかく知的の人は舐められがちなんです」

それはドキッとする話だった。障害者を舐めてかかるなんてひどい。と思いながら、でもわたしだって仕事をするとき、チェックが厳しい相手には緊張感をもって接し、ゆるい相手だったら無意識に手を抜くかもしれない。自分は絶対にそんなことはしない、とは言い切れないのだった。知的障害者の介助者は誠実さが問われる仕事なのだと知る。

「本人さんに状況を聞くにしても、その聞き方がむずかしいんですよ。「なんか困ったことない?」って聞いても、知的の人は何を問われているかわからないことが多いし」

知的障害者の意思を汲み取るには注意力が必要だ。彼らのことばにできない不満、要望、好き、嫌いなどを表情や仕草から察知する。「本人さん」という語の都ことばの抑揚が温かい。

廣川さんは自らもBくんの介助に入るし、スタッフのローテーションも組む。10人くらいが交代で介助に入るが、ベテランの廣川さんがBくんのことも介助者たちのこともいちばんよく知っている。だからみんな「わからんことは廣川さんに聞いてみよう」「廣川さんに調整してもらおう」となりがちだ。でもそれはよくない、と廣川さんは強調する。

「自分のことを人任せにしないっていうのが自立生活センターの考え方なんです。だからぼくを介さず現場で話がまとまるほうがいい。何か決めるとき、そこにいないぼくに「どうしたらいいですか」って電話されても、「まずBくんと喋りいな」って答えますし。もしBくんから「あの人の介助のやり方、いややねんけど」って言われたら、「そのことちゃんと本人に言った?」って聞きますしね」

なるほど。世の中の大半のことは「現場で話がまとまるほうがいい」のだ。

Bくんは、平日は作業所に通って働き、日曜日はお風呂掃除など家の用事をすることになっている。

「だから日曜日から金曜日までは介助者のシフトをきっちり組みました。でも土曜日だけは決めなかった。4、5人の介助者がランダムに入るんです。そのほうが絶対おもろいんですよ」

土曜日はBくんにとって丸1日フリーの日。なんでも好きなことができる。Bくんの土曜日を話す廣川さんも楽しそうだ。

「週によって様子が全然ちがうんですよ。やったことを介助者がノートに書くんだけど、一日中ゲームしている日もあれば、大阪くらいまでバーっと出かける日もある。あれはねぇ、介助者が提案してるんじゃなくて、Bくんが「この人とやったら何がしたいか」を考えて自分で言ってるんですよね」

たとえば廣川さんはゲームが好きじゃない。それでももしBくんが「今日はゲームがしたい」と言ったらもちろん一緒にやるつもりだ。でもね、と笑う。

「Bくんはぼくが介助に入る土曜日にはゲームをやろうって言わないんですよ。ぼくは彼に「えー、せっかくの休日やのにゲームするの?」なんて言わない。けど、顔に出てるんだと思うんです。Bくんはぼくの好みをちゃんと察してる」

いろんなタイプの介助者が生活を見守ることで、Bくんの行動にはバリエーションがつき、彼の意向を尊重した自立生活が続いていく。

ちなみに廣川さんがBくんと過ごした土曜日で、もっとも思い出深いのは「奈良まで歩いて行ったこと」だとか。

え、歩いて?

わたしが驚くと、廣川さんは「そうそう」と笑った。奈良にBくんのお兄さんが住んでいる。ある土曜日の朝、Bくんは言った。

「今日は奈良に行きたい。歩いて行きたい」

Googleマップで検索したら、目的地まで徒歩で9時間。廣川さんの口をついて出たことばは……

「行けるとこまで行こか」

すごいなぁ廣川さん。朝9時半に出発して夜の7時まで歩いたけど、結局奈良にはたどりつけなかったらしい。

「めちゃくちゃ疲れて、暗くなってきて、足も痛くなって、「もう今日はやめよう」って言いました。近くの木津川台って駅まで行って、そこから近鉄で奈良駅まで行ってラーメン食べて帰ってきた」

廣川さんはその日のことを「冒険みたいで楽しかった」と振り返り、大事なことを付け加えた。

「Bくんに「奈良まで歩くなんて無理や」とことばで伝えても、彼はなんで無理なのかわからない。だから「やってみたけど無理やった」を経験したのがよかった。彼も疲れたし、介助者だって無理をさせたら体が傷んでしまうんやってわかったやろうし。もし次に「奈良まで歩いて行きたい」と言われたら、ぼくも「前に無理やったやろ。めちゃくちゃ疲れて、足も痛くなったやろ」って言えるからね」

やってみないとわからない。できなかった経験は次に生きる。障害者はどう生きるか、というはなしはいつも普遍的だ。

著者プロフィール
金井真紀

1974 年、千葉県生まれ。文筆家・イラストレーター。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『テヘランのすてきな女』(晶文社)、『世界はフムフムで満ちている』(ちくま文庫)、『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし 』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと 』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った 世界ことわざ紀行』(岩波書店)など多数。「多様性をおもしろがる」を任務とする。難民・移民フェス実行委員。