車椅子の斉藤さんとパラグアイへ

第3回

カップラーメンとKinKi Kids

2024年9月28日掲載

斉藤さんが引き合わせてくれたふたり目は兵庫県西宮市の藤田可奈子さん。Zoomをつなぐとパソコン画面の向こうには30代の女性が映し出された。挨拶が済むと、斉藤さんが話しかける。

「ぼくと藤田さんは、5年くらい前にコスタリカで会ったんですよね」
「そうでしたね」

 ふたりの会話の出だしから、わたしは目が点になった。コスタリカ? 中米の?

「そうそう。藤田さんのところは海外支援をやってて、世界とつながりがあるんスよ。ぼくもそれを見に行ったんです」

藤田さんが所属するのはメインストリーム協会。1989年に廉田俊二さんが西宮で立ち上げた自立生活センターの老舗だ。この廉田さん、80年代後半に車椅子のバックパッカーとしてヨーロッパをひとり旅した痛快な人。わたしは後日その体験記(『どこでも行くぞ、車イス!』)を読んだが、犯罪者がうろつくイタリアの広場で車椅子の横に寝袋を敷いて野宿するシーンが出てきて、そのクソ度胸に深く感じ入った。

で、メインストリーム協会には途上国の障害者を受け入れて研修する事業に協力してきた歴史がある。これまでに韓国、台湾、パキスタン、モンゴル、ネパール、カンボジア、コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、ボリビア、パラグアイ、ペルー、コロンビア……なんて各国の障害者を育ててきたらしい。

ひょー、話のスケールがでかい! わたしはそのときまで障害者の広がりなんて考えたこともなかった。無意識のうちに、障害がある人は遠くには行かずこぢんまりと生きているイメージを抱いていた。陳腐な先入観をぶち壊されて、とても痛快だった。世界は繋がっていて、人間は自由な存在なのだ。

藤田さんがメインストリーム協会に出会ったのは高校生のとき。普通校に通う高校生と養護学校に通う高校生が西宮に集結し、2泊3日を共に過ごして語り合うイベント「障害者甲子園」に参加した。その主催者がメインストリーム協会だったのだ。日頃まったく接点がない障害をもつ同世代との交流は刺激に満ちていたという。

「わたしら同じ高校生やのになんで分けられてるんやろ? とか、恋愛どう? とか、いろいろ話しました。結局このときの「なんで分けられてるんやろ?」 って疑問はずっと自分の中に残ってて」

 もうひとつ藤田さんを強烈に揺さぶったのが、メインストリーム協会の大人たちだった。

「みんな障害者なんだけど、どうしたらおもしろくなるかをめっちゃ真剣に考えてて。それまで大人といえば親とか先生しか知らなかったから、こんな大人がいるのかってびっくりした」

 藤田さんは大学時代、そして卒業後もメインストリーム協会で介助者のアルバイトをしていた。これを本業にするべきか迷った挙句、24歳でバイトから正規職員になったという。

「介助する相手の生活に入っていく感覚がおもしろくて。わたし、もともとあんまりしゃべるタイプじゃなかったんです。でも当事者は生活全部を介助者にさらけ出している。いろんなことを話してくれたり、教えてくれたり。そしたらこっちも自分の話をしないと関係が成り立たないから、それで自分のことを話すようになりました。だんだんオープンな性格に変わっていった。それが心地よかったんですよね」

 晴れ晴れと笑う藤田さん。なーるほど、そういうことか。わたしのなかで、なんとなく腑に落ちるものがあった。控え目を是とするこの国で生きていると、互いをさらけ出す人間関係はなかなか築けない。その珍しくも心地よいものが自立生活センターにはある、のかもしれない。

 藤田さんが介助を担当している中年女性の話が印象に残った。その人は重度の障害をもち、48歳まで施設で暮らしていた。体調が不安定で、声は「あー」しか出ない。会話はジェスチャーや文字盤を使っておこなう。そういう人が自立生活センターと出会って48歳で一人暮らしをはじめた。

「最初のころは夜中にカップラーメンが食べたいとよく言ってましたね。施設ではそういったものはなかなか食べられないから憧れがあったみたいで。コンビニ弁当とかジャンクなスナックとかね」

 というエピソードがおもしろかった。施設にいるときは禁じられていたそれらを、介助者をともなって意気揚々と買いに行く。48歳で生まれて初めて味わう自由を想像して、わたしは相槌を打ちながら不覚にも涙声になってしまった。

「昨日もその人と一緒にKinKi Kidsの堂本光一の舞台を見に行ってきました。彼女はファンクラブに入っているからチケット情報がメールで届くんです。そのメールを開けた介助者が、本人に「どうしますか」と訊くと「もちろんチケットとる。2枚。介助者の分もほしい」って文字盤で答えるわけです」

 48歳で自立生活を始めた人は55歳になり、KinKi Kidsのお芝居やライブに行っては、「あーーー!」の声援を送っている。その時は興奮しすぎないようになだめるのが介助者の仕事ですと藤田さんはほほえんだ。

著者プロフィール
金井真紀

1974 年、千葉県生まれ。文筆家・イラストレーター。著書に『パリのすてきなおじさん』(柏書房)、『テヘランのすてきな女』(晶文社)、『世界はフムフムで満ちている』(ちくま文庫)、『聞き書き 世界のサッカー民 スタジアムに転がる愛と差別と移民のはなし 』(カンゼン)、『日本に住んでる世界のひと 』(大和書房)、『おばあちゃんは猫でテーブルを拭きながら言った 世界ことわざ紀行』(岩波書店)など多数。「多様性をおもしろがる」を任務とする。難民・移民フェス実行委員。