書店員は見た!

この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第14話

古い友人との再会

2025年5月10日掲載

 よく晴れた週末、私は古い友人に会いに車を走らせていました。
 学生時代を一緒に過ごしたその友人と、最後に会ったのはもう5年以上前のこと。彼女のお母さんの告別式が最後でした。大人になってからはお互いに忙しく、離れた場所に住む彼女と、なかなか会う時間を作れなかったのです。

 彼女と知り合ったのは、新歓コンパの席でした。
 つい先月まで田舎の高校生だった私は、大学生のノリについていけず一次会で退散。帰りがけに立ち寄った駅前の本屋さんで、ついさっきまで近くの席に座っていた彼女とばったり会ったのです。
 彼女も二次会の誘いを断り帰宅するところと言い、一緒にレジに並ぶと、彼女が手にしている文庫本は、私と同じもの。
「この作家さん、好きなの?」と聞くと、彼女は首をブンブン縦に振り「大好き!」と答えました。

 読書好きという共通点から、私たちは一気に仲良くなり、その後の学生生活の大半を彼女と一緒に過ごすことに。
 ひとり暮らしの彼女の家に泊まって、面白かった本について語り合うのが楽しく、彼女に『鬼平犯科帳』の面白さを熱弁したり(その後、彼女も全巻買って読んでいた)、彼女から『レ・ミゼラブル』の素晴らしさを一晩かけて舞台さながらに説明されたり(もちろん私も読破して、大人になってからふたりで舞台を観に行った)、私の読書人生において、大きく影響を受けた人物のひとりです。

 彼女が結婚し、宮城県に引っ越すことになった時は、寂しいと言う私に、「新幹線で遊びにおいで! 伊坂幸太郎作品の舞台巡りをしよう!」と笑いました(伊坂先生は、宮城県を舞台にした作品を多く世に出されているのです)。

 彼女と毎日一緒に過ごしていた日々は、もう20年以上も前のことなのだなぁ……。私は運転しながら、彼女のことを思い出していました。

 スマホの地図アプリは、私の自宅から300キロ以上先にある、現在の彼女の住まいを示しています。当初は電車で行こうと考えましたが、交通の便が悪い場所なので、車を走らせることにしたのです。
 休憩を挟みながら向かうので、6時間近くかかるかも……。気を引き締めて行かねば。私は、前日にしっかり睡眠を摂り、早朝に家を出ました。

 高速のインターを降りると、そこは菜の花畑が広がる、長閑な町でした。
 彼女の家までゆるい坂道を走り、無事到着!
 インターホンを押すと、出迎えてくれたのは彼女の娘さんです。
 友人はご主人を震災で亡くし、当時お腹にいた娘さんとふたりで暮らしていました。
 5年前に会ったきりでしたが、お母さんにそっくりになってる……!!
 奥のリビングに通されると、久しぶりに会う友人の笑顔の写真が迎えてくれました。

 友人は、つい先日、亡くなったのです。

 最後に話したのはいつだったか。
 私の著書が発売になり、彼女から「買ったよ!」と連絡がきた時だったと思います。
「ありがとう! なかなか会えないけど、元気にしてる?」と聞いた私に、彼女は「元気!! もう、毎日忙しくて大変よー!」と答えた気がするけれど……。
 あの時は、すでに病に侵されていたはず。
「言ってくれたら良かったのに」
 写真に向かって呟いた私に、娘さんが「絶対に元気になって会いに行くって言ってたんです」と言います。
 そして、「母の本棚を見てくれませんか?」

 娘さんは、今後は亡くなったご主人のご両親と一緒に暮らすことになっていて、1週間後に引越しを控えています。ご主人のお母さんとふたり、いろいろな場所を片づけているなか、私が来る日まで本棚の片づけを待ってくださったそう。

 本棚には『書店員は見た!』が2冊。その隣りには、私たちが朝まで感想を語り合った小説が並んでいました。
 著書を手に取ると、1冊は綺麗なままで、もう1冊は付箋だらけ。
 娘さんが「付箋がついてる方は読む用で、もう1冊は保管用なんです」と笑い、「いろんな人に配る“布教用”も、何冊も買ってましたよ!」
 うずくまって泣く私に、娘さんは箱のままティッシュを差し出しました。

 帰り際、「もし辛いことがあったら、連絡してね。役に立たないかもしれないけど、絶対に味方になるからね」と言うと、娘さんは、「ありがとうございます。実はちょっと都会に憧れていたので、おじいちゃんとおばあちゃんの家に行くのは少しだけ楽しみなんです。こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど……。まだ、お母さんのことは実感がなくて」
 私が何と返事をしていいか逡巡していると、娘さんは「それに……引越し先は伊坂幸太郎作品の聖地じゃないですか!」

 過去に呼び戻されたような気持ちになり、玄関先で嗚咽を漏らす私に、娘さんは戸惑いながら背中をさすってくれました。
 自分の娘よりも年下の子を困らせて情けない……と思いながら、背中に感じる彼女の手の柔らかさが、彼女の母親のそれと似ている気がして、私の両目からは壊れた蛇口のように涙が溢れ出します。

 心を落ち着かせて車のエンジンを回すと、見送ってくれている娘さんとおばあちゃんに手を振りました。
 来た時と同じように、目の前には菜の花畑が広がっています。
 きっと、彼女がいつも見ていたのと同じ景色でしょう。
 今ごろ、旦那さんと会えているかもしれないな。
 私は大好きな古い友人に、心の中で話しかけました。
「45年、めちゃくちゃ頑張ったね。おつかれさま」

【彼女の本棚に並んでいた本】


『アヒルと鴨のコインロッカー』

伊坂幸太郎/創元推理文庫/東京創元社


「一緒に本屋を襲わないか」初対面の青年にもちかけられた誘い。物語は過去と現在を行き来しながら、謎をはらんで進んでいき……。そして、謎が一気に繋がるとき、世界は反転します!!
最近では高校生ビブリオバトルで紹介され、再注目!いつまでも色褪せない名作です。

『フィッシュストーリー』

伊坂幸太郎/新潮文庫/新潮社


売れないロックバンドが最後にレコーディングした曲に存在する、無音の1分間。それが、思いもよらぬ出来事を呼び、未来の世界を救う。表題作のフィッシュストーリーのほか、4篇からなる連作集。名作揃いですが、なかでも『ポテチ』はめちゃくちゃ泣かされます……。未読のかたはぜひ読んでほしい!