ニューヨークの林檎をむいて食べたい

この連載について

「キラキラじゃないニューヨークが読みたい」
そう言ってくださった大和書房編集部の藤沢さん。それなら私も嘘をつかなくていいやと胸をなでおろし、連載を始めることにしました。

ニューヨークに移住するからといって全員がキラキラするわけではない。
でも住んでみたいから住んでみた。
そんな人生があってもいいじゃないかという、根拠は特にない自己肯定の日々を綴りました。

第9回

そんなわけでマッチングアプリ

2024年12月11日掲載
ニューヨークの街中はすっかりクリスマス

1年暮らしてみて、実は、アメリカ人にも社交辞令や、本音と建前が結構あることに気づいた。クラスで友達になったと思っていた子に「ジャパンフェスティバル(日本をフィーチャーしたお祭り)があったら一緒に行こうね! 誘うね!!」とテンション高く言われたけど、音沙汰なく半年が過ぎた。ジャパンフェスティバルはとうに終わっていた。私以外のみんなで行っていたとしたら立ち直れない。

他のクラスメイトとのグループミーティングでは、1人の生徒が犬を飼っていることが判明して、次の授業に犬のおもちゃをそれぞれ持ち寄ってプレゼントしようという話になった。みんな「いいね!!」と盛り上がっていたのに、持ってきたのは私だけだった。渡すときの気まずさと言ったら。持ってこなかった人に罪悪感を抱かせるわけにもいかないしなどと色々考えてしまい、こっそり渡して逃げ帰ってきた。なぜ唯一持ってきた私が肩身の狭い思いをしなきゃならんのだ(涙)。

アメリカの社交にも裏と表があるのだ。ちなみに表の顔はpublic faceという言葉を使って表現すると教えてもらった。

There is a difference between one’s true feelings and their public face.

元々そんなに社交的なほうじゃないから、アメリカで友達を作るのはわりと苦労する。ネイティブスピーカー同士の日常会話というのは、早くてスラングも入っていて、実は一番難しい。だからといって「今なんて言った?」と会話を中断する勇気もなくて、ひたすらもじもじしていたときに出会ったのが、マッチングアプリ。私は「HelloTalk」という語学交換アプリを活用している。母国語と、学びたい言語をマッチングしてくれるサービス。例えば、私は英語を学びたい日本人だから、日本語を学びたい外国人とアプリ上で連絡がとれる。

毎日のように日本語に興味を持っている外国人から連絡が来る。私は会話力を鍛えたいから会って話がしたい。でも、中には出会い系と勘違いしている人もいて、誘うようなメッセージが送られてきたことが何度かあるからどうしても慎重になる。

一度耳元で囁くような音声メッセージが送られて来たこともあった。鳥肌が立ちそうになったけど、ほとんど何を言っているのかわからなかった。リスニングが苦手で本当に良かった。

ただ、ちゃんと通報制度もあって、不適切な人物は後日しっかり『Banned(出禁)』にされていたし、自分のプロフィール欄には、

「No romance,please.」

と釘を刺しておけば、ある程度自己防衛できる。その上で、何度かやりとりをしてみて、真剣に語学を学びたい人だということが確認できたら、自分から対面で会おう誘ってみる。

↑実際に送った文面

日本語がある程度わかる人には「私は結婚もしていますし、怪しいもんじゃございません。」みたいな感じで誘ったりもする。余計怪しいかもしれない。

ハロウィンのときもすごかった。近くのワインショップもこんなことに
こちらは最近のお気に入りカフェ
Conwell cafe
元々銀行として使用されていた建物を改装し、アールデコ様式のデザインや大理石のホール、
1930年代風の壁画など、歴史的な要素を活かした内装が魅力

さてどこで会うか。ここが最終関門で、ちゃんと賑わっている街中のカフェとか人目につくところを提示してくれる人なら会ってよし。万が一部屋などに誘われたら絶対に行ってはいけない。

そんな試行錯誤の中で、最近、アフリカ系アメリカ人の男性と直接会うことになった。待ち合わせ場所にオープンカフェを指定してくれたし、会ってみると、今までのどのアメリカ人よりもレディファーストの徹底ぶりが際立っていた。

このレディーファーストというマナーは、アメリカに住んでから驚いたことの1つ。自分が高貴なプリンセスか何かになったのではと勘違いするくらいのもてなしぶりなのだ。扉の前で男性と鉢合わせしたら必ず譲ってくれるし、執事かのようにドアを開けて私が通るのをそっと待っていてくれたりする。でも、女性というだけで得体の知れない厚遇を受けるたびに、男性はなぜここまでしてくれるんだろうと妙な違和感のようなものも感じていた。

この日も、私がトイレに行こうとしたら、この彼はさっと立って、カフェの店員に場所を聞いて、親切にトイレまで案内してくれたのには目を丸くしてしまった。

そんな彼には夢があるらしい。

「将来、日本に行って日本人の男性を助けたい。だから日本語を勉強している」というのだ。

彼曰く「世界の男性危機は深刻。男性の力がどんどん弱くなってる。特に日本が心配だ。日本人女性の友達はみんな、日本の男性があまり誘ってこないって悩んでる。男性は体を鍛えて、自分に自信を持って、もっと女性をリードして誘って、家族を持たないといけない。だから日本に行って、日本人男性をもっと勇気づけたい。男性は守るものがあってこそ頑張れるんだ」。力強く話してくれた。

これを聞いたとき、彼の徹底したレディーファーストのふるまいが、ストンと腹に落ちた。彼の中では、男性は強くあるべきもので、女性は守るべきものなのだ。ちと待てよ。人のために何かをするというのは時に厄介で、「良いこと」をする自分に陶酔することが、無自覚のうちに目的になってしまう場合もある。その度が過ぎると、自己実現のために他人を利用することになる。彼がそうだとは言わないけれど、レディーファーストをするたびに、彼自身もまた、男性としてのプライドが少し満たされていたのだろうか。

「ちょっと待って。男性は守るものがあってこそ頑張れるって言ったよね? その守りたいという気持ちは嬉しいけど、もし女性が働きたいと言っても応援してくれる? 女性の収入が男性を上回ったりしてもヘソ曲げたりしない? 家事がおろそかになったとか言わない?」

とは英語で言えずに、うんうんと聞いてしまった。Public faceここに極まれり。

その後、彼とは何気ないやり取りをしていたが、ある日映像が送られてきた。再生してみると穏やかじゃない内容でびっくりした。それは、アフリカ系アメリカ人観光客が日本の電車内で騒いでいる映像だった。大音量で音楽を流して、4人ほどが踊ったり歌ったり、吊り革にぶら下がったりしている。ニューヨークだと日常だけど、日本だと迷惑行為だと言われかねない映像だった。彼は憤っていた。「違う国に行ったら、その土地の文化を敬わなければいけないのに!」。同じアフリカ系アメリカ人として、正義感の強い彼は黙っていられなかったのだろう。でも本題はここからだった。

次に送られてきたのはこのイラスト。

よく見ると、これは東京都交通局のマナー啓発ポスター。電車内で猿の集団が騒いで、周りの動物たちが迷惑そうにしているイラストだったのだ。そして彼から送られてきた文面。

「There’s really no justifying the image portrayed . It’s a stereotype to be called monkeys. They made this as a response to it. But monkeys is crazy.」

(このイラストを正当化することはできないよ。猿扱いするのはステレオタイプだよ。さっきのアフリカ系アメリカ人が騒いでいる動画を基に作られたんだろうけど、猿はおかしいよ)

驚いた。都営交通のポスターが、ニューヨークに住む若者にまで届いている。これがネット社会だ。しかも、元々はおそらく何の脈絡もなかったはずの動画とセットになってネット上で出回っているのだろう。同時に見てしまうことで、差別的ととられても仕方がない状況を生み出してしまっていた。

さて、困った。どう返事をしよう……。日本に対する印象を損ないたくはない。だってこのポスターは、アフリカ系アメリカ人を猿に見立てて作られたものでは決してないはずだ。でも、「黒人」がたどってきた歴史からすると、彼には看過できるものではなかったに違いない。

思案して、返してみた。

「Monkeys are considered noisy animals in Japan, so this picture is a metaphor for noisy people, not an association with African Americans. However ,we should be aware that this picture can be controversial from a global perspective.」

(猿は日本では騒がしい動物と思われているから、騒がしくしている人たちの比喩で猿が描かれていて、アフリカ系アメリカ人と関連づけたものじゃないよ。でも世界的な目線から見たら、物議を醸すかもしれないことはわかってなきゃいけないね)。

人生で初めての経験だった。アフリカ系アメリカ人から直接、こういったことを言われるのは。ニューヨークにいることを妙に実感してしまった。

返信は特になかったけど、彼なりに納得したのだろうか。次回はラーメンを食べに行く約束をしている。こうしてAgree to disagreeを繰り返しながら、共に麺をすする。彼は女性じゃないし、私はアフリカ系アメリカ人じゃない。でも一緒に麺をすすることはできるんだ。いや、彼はそもそも麺をすするのか?

実家で必ず食べるラーメンがラーメン2国の焼豚にんにくラーメン。
この大量にんにくを超えるラーメンにまだニューヨークでは出会えていない
著者プロフィール
大橋未歩

1978年兵庫県生まれ。
2002年テレビ東京入社。スポーツ、バラエティー、情報番組を中心に多くのレギュラー番組で活躍する。
2013年1月脳梗塞を発症し、休職。療養期間を経て同年9月に復帰する。
2017年12月テレビ東京退社しフリーアナウンサーとして活動を始める。
2023年アメリカ・ニューヨークに住まいを移し日米を行き来しながらテレビやイベントなどを中心に活動する。