本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
誰かと一緒にごはんを食べる幸せについて。
今年の信じられない暑さもようやく落ち着いて、読書の秋到来!
めっちゃ面白い新刊も入荷してきて、今日も書店は平和!! ……と言いたいところですが、私が品出しをしているコミック売り場では何やら不穏な空気か流れております……。
週末によく連れ立っていらっしゃる、若い男女が新刊台の前でモメておる。そして周囲のお客さま方も2人のピリピリとした雰囲気を察して、遠巻きに見守っている。
このおふたり、何度かお問合せでお話したことがあるのですが、普段はとても仲睦まじいカップルなんです。特に彼氏の方がクールな彼女にベタ惚れの雰囲気。
なのに一体なぜなのだ……。
けんかをやめてーと私の脳内BGMが流れ出しました。
お願いだ、誰かふたりをとめて。せめて他の場所に移動して。あなた方の目の前のコミックをみんな手に取りたくてソワソワしているのよ……!
書店の平和が脅かされる状況(大げさ)に耐えられず、ここは私が移動をお願いしなければ! と、意を決して「お客さま、申し訳ありません……」と話しかけると同時に、女性が相手の男性の目を見て「マジ距離感が無理なんだけど」と、ズバッと言いました。
おぉぉぉ……私は空気が凍る瞬間を生まれてはじめて見ました。本当にカキンと凍るんだね! びっくり!
周囲のお客様さまは、固唾を飲んで見守っています。
さて、この空気をどう打破する……? 私が困り果ててていると、少し離れたところから年下の友人が「森田さーん、仕事終わりそうですか?」と声をかけてきました。
彼女は私が昔お世話になったかたの娘さん。偶然にも彼女の職場が近く、時々こうしてやって来てくれていたのですが、結婚間近だった彼と別れたあと、心機一転、この近所でひとり暮らしを始めたので、最近はちょくちょく顔を見せてくれるように。
「あ、あれ……? お話し中でしたかね?」
妙な空気を察して、小声で私に聞いてきた彼女。「うん、ちょっと今……」と返事をしたその瞬間、彼氏が自動ドアに向かって涙目で走って行ってしまいました。
彼女は「あーもう信じらんない。ごめんなさい。騒がしくして」と周りの方に頭を何度も下げます。周囲にいらっしゃったお客さまも苦笑いして「あーあ」「大丈夫?」などと彼女に話しかけ、一気に和やかな雰囲気に。
彼女は恐縮しながら、コミックの新刊を手にレジへと向かいました。
「お気をつけて。またお越しくださいね」と、後ろ姿に声をかけた私は、今度は年下の友人に向かって言いました。
「もうすぐ退勤時間だから、予約したお店で待ち合わせでいい?」
実は今日、この友人と食事の約束をしていたのです。
私は、先ほどのトラブルで出せなかった本を新刊台に運ぶと、大急ぎで仕事を上がり、予約したイタリアンレストランへ走りました。
「おつかれさま!」とワインで乾杯したあと、生ハムの前菜をつまみつつ、友人が「さっきの彼女、別れちゃうんですかね?」と言います。
「まぁ、『距離感が無理』なら、今回は大丈夫でもいずれダメになっちゃうかもしれないよね」
「私も、ある程度は自分の時間が確保出来ないとキビシイかもしれないです」
前の彼と別れたあと、友だちの紹介などで出会いがあったもののピンとこないまま、数年が経過している彼女。
「こうやって気楽にごはん食べたりしたいだけなんですけどねー。難しいもんですよね……」
「そういえば、ごはんを食べる漫画でオススメがあるよ」
『ただの飯フレです』は、食事相手を求めてアプリで出会った男女が、一緒にごはんを食べる物語。主人公の男女の関係が良いのです! 相手に対して何かしてあげているわけではないのに、お互いが相手に救われて、そして食事が終わればそれぞれの日常に戻っていく。
「二人がすごくいいのよ。優しくて思いやりがあって、でも悩んでたりもして、そこがまた共感出来る感じで」
熱弁を振るう私に、最近漫画を読んでいないという友人が「近々買いに行きます!」と力強く約束してくれました。
さて、その数日後。賑わう週末の書店に、友人がやって来ました。
「こないだ言ってた本の1巻、ください!」
私が棚まで案内すると、棚の前には、先日新刊台の前でケンカしていた彼女が……。
そういえば、彼女は毎週末のようにいらっしゃる常連さんの一人でもあります。
目が合い、私が「いらっしゃいませ」と笑いかけると「こんにちは」と微笑み、「今日はひとりで来ました(笑)」と言う彼女の手には、あら、飯フレの3巻が!
「その漫画、すごく良いですよね!」と私が言うと、彼女は「私、誰かとごはん食べる時間がすごく好きで。漫画もごはんのお話が好きなんです」。
思い返してみれば、彼女が以前ご注文されていた本も、食事の時間を通して主人公の再生を描くものでした。
「それなら、この本読まれました?」と、私は『メゾンプアナの7人の食卓』を近くの棚からお待ちしました。「きっとお好きだと思いますよ」
前作では男子4人の食卓を描いた著書の新作。今回は7人の女性が集う食卓の物語です。
彼女は「わぁ、面白そう!」と手に取ってくださいました。
「実は私、本屋さんはひとりで来たい派なんです。先日の彼とも、付き合いはじめは一緒に本を選ぶのも新鮮だったんですけど、最近はいつも一緒にいることに疲れてしまって……。でも、伝えても理解してもらえなくて、こないだとうとう爆発しちゃいました。ご迷惑をおかけしてすみません」
隣にいた友人(全く人見知りしないタイプ)が「お気持ち、めちゃくちゃわかりますよ!」と話しかけ、談笑しながら、レジに向かっていきました。
退勤後、私が帰りの電車に揺られているとき、先ほどの友人からLINEが届きました。
「あのあと話が盛り上がって、一緒にごはんを食べに来ました!」
えーー!! とびっくりしつつ通知を開くと、先ほど買った漫画とビールを手に自撮りするふたりの写真が。偶然にも同い年で最寄り駅も同じだった二人は、読書談義で盛り上がり、そのまま食事に行くことになったそう。最近も、書店で待ち合わせして食事に出かけている様子です。
ひょんなことから一緒にごはんを食べる友だちが出来たふたり。思いがけずに繋がっていく人間関係が楽しそうで、何だか温かい気持ちになったのでした。
【今回おすすめした本】
『ただの飯フレです』
さのさくら/幻冬舎コミックス
ひとり外食が出来ないOLの春川と、人付き合いが苦手な真冬。マッチングアプリを介して出会い、週一でごはんを食べる”飯フレ”となった二人。ごはんの話だけれど、人付き合いの話でもあるのです。変わらないようでいて、少しずつ変化している二人から目が離せない!
『メゾンプアナの7人の食卓』
オトクニ/秋田書店
『メゾンプアナ』は、女性7人が暮らすシェアハウス。金曜の夜は、住人全員で食卓を囲むのがルールです。さまざまな年代の女性が集まり、ままならない人生の疲れを癒す。誰かと暮らすこと、食事をともにすることって、当たり前のようでいてすごく尊いことですよね。
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。