書店員は見た!

この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第4話

世界一素敵なプレゼント

2024年12月3日掲載

 実は、ひそかに憧れているお客さまがいるのです。

 定期購読で絵本の専門誌をお買い上げになるかたで、とても優しげでお洒落な女性。ある時は柔らかな風合いのワンピースにスカーフをキュッと巻いて、またある時はデニムのサロペットにジャケットを羽織って、レジにいらっしゃいます。

 お子さんが学校や保育園に行っている、平日の昼間にご来店されることが多いのですが、時々日曜日に家族そろっていらっしゃるので、ご主人やお子さんたちとも顔見知り。とても仲の良いご家族で、見ているだけで笑顔になってしまいます。

 その日も彼女は、いつものように日用品のお買い物ついでに書店にやって来ました。

 そういえば、ここ数ヶ月はご主人が代わりに買いにいらっしゃっていたので、お会いするのは久しぶり。ゴールデンウィークのころ、「まだ5月なのに、暑すぎて溶けてしまいそう!」と笑いあったのが最後だった気がします。

 少し痩せたように見える彼女は、以前からよくお召しになっていたワンピースに、今日はスカーフを頭に巻いていました。スカーフからのぞく栗色の短い前髪がまた可愛らしく、彼女に似合っています。

 「お久しぶりですね。スカーフがすごく素敵!」と声をかけると、「実はしばらく入院していたんです。お薬の副作用で今は毎日スカーフか帽子なんです」。

 私が、思いもよらない答えに言葉を失っていると、彼女は「入院している間、『絶対元気になって、また本屋さんに行くぞ!』って思ってたんです。運動がてら、またちょくちょく来ますね」と、購入した雑誌をトートバッグにしまい、「あと、スカーフを褒めてくれてありがとうございます。毎日身につけるものだから、すごく嬉しい!」と大きな笑顔を見せました。

 スカーフをなびかせながら出口に向かう彼女は颯爽としていて、私の方が励まされたような気持ちになったのです。

 それからしばらくして、書店でも冬支度がはじまりました。クリスマスツリーが飾られ、 お問い合わせやプレゼント包装で、書店員がバタバタと走り回る季節です。

 とある週末。絵本を補充していたら、「あ、パパ、新しいのが出てるよ!」という女の子の声。目を向けると、スカーフの彼女のご家族でした。下の娘さんが、人気シリーズ『パンどろぼう』の新作を見て声を上げた様子です。

 ご主人に「いつもありがとうございます」と声をかけると「今日は定期購読の本を買いに来たんですが、みんなでママにクリスマスプレゼントも買おうという話になって」と、おっしゃいました。

「妻はちょっと体調が良くなくて、今入院しているんです。クリスマスには退院出来たらいいんですが」

「そうなんですか……。それはご心配ですね」

お父さんと会話を交わしていると、「ひとつはこれにしようよ!」と、下の娘さんが『パンどろぼうとりんごかめん』を持って来ました。

 上の娘さんが「ママはお薬を飲む時に、パンどろぼうの『まずいー!』っていう顔を真似するんだよね!」と、パンどろぼうの顔真似をすると、パパは私に向かって「妻には、バラしたこと、秘密にしてください(笑)」。

 いつも綺麗できちんとした彼女の、意外な一面に私も笑ってしまいました。

 その後、さらにプレゼントの絵本を選ぶというご家族に「ごゆっくり」とお伝えし、またバタバタと作業に戻ったのですが、数十分後にレジのヘルプに入ると、タイミングよくご家族がお会計にいらっしゃいました。

「クリスマスのラッピングですね。承ります」と商品をお預かりすると、下の娘さんが「もう1冊はパパが選んだんだよ!」と得意げに教えてくれます。

「そうなんだ。ママ、喜んでくれるといいね」と話しながら、順番にバーコードをスキャンすると、パンどろぼうの下に重ねていた本の表紙を見た瞬間に涙腺が崩壊してしまいました。

「すみません!」と近くのティッシュを手にする私に、パパは「あの……妻には僕が選んだことは秘密にしてくださいね」と恥ずかしそう。

 可愛らしいリスの絵が表紙に描かれているその本のタイトルは、『きみのことがだいすき』。

 プレゼントの包みを開けて、笑顔になる彼女の様子が頭に浮かびます。

 私が「世界一素敵なプレゼントだと思います!」と言うと、下の娘さんが「可愛く包んでね!」と、ママによく似た顔で笑いました。

 目の前で楽しそうにママの話をするこのご家族が、どうか揃ってクリスマスを迎えられますように。

 彼女がまたお店にやって来るのを、私は楽しみに待っています。

【今回ご家族が選んだ本】

『パンどろぼうとりんごかめん』 

 柴田ケイコ/K A D O K A W A

おとなの皆さん、パンどろぼうをご存じですか。数年前、絵本の世界に彗星のごとく現れたニューヒーロ

ーです。6作目となる本作では、ニューヒロインのりんごかめんが登場! 正体は誰なのか、楽しみながら推

理してみてください。

『きみのことが だいすき』

いぬいさえこ/パイ インターナショナル

誰かに言ってもらいたい、そして自分も大切な人に言ってあげたい、優しいメッセージがギュッと詰まっていま

す。お子さんへの読み聞かせ用にはもちろん、大切な人や、毎日頑張っている自分へのプレゼントにも。


著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。