本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
ふたりで作る、新しい食卓。
珍しくレシピ本の棚で品出ししていると、若い男女が近くで本を選んでいます。
「今夜これ作ってみる?」「いいねー、美味しそう!」「どの料理も美味しそうだよね」「うん、この本、“買い“じゃない?」
お、その本買ってくださるのか? と思いきや、彼は棚にそっと本を戻しました。
「買わないの?」と聞く彼女に「うん、だいたいわかったから」と言います。どうやら今日のごはん担当は彼の方みたい。
私が(買わんのかーい!)と、心の中でツッコミを入れていると、彼と目が合いました。
「すみません、家庭料理だと何となくで作れちゃうので……」
気まずそうに笑う彼。聞こえてしまう位置にいたとはいえ、私もちょっと気まずいわけで……。
「いえ、よくわかりますよ。普段からお料理をしていると、レシピがなくても雰囲気で作れちゃったりしますよね」
彼女が「彼、料理が上手なので」とニコニコしながら教えてくれます。
「料理が得意なパートナー、羨ましいです!」と私が言うと、彼女は「私が壊滅的に料理が下手なので、ほんとありがたいです」
すると彼は「俺、食べるのが好きだから」と微笑みます。
これから地下のスーパーでお買い物をして帰るという2人を見送り、若いっていいわね……としみじみした、その1ヶ月後。
あら、お料理が苦手な彼女がレシピ本の棚にいらっしゃる。真剣そうに有名料理研究家のレシピを見ています。
「いらっしゃいませ!」と声をかけると、「あぁ……、店員さん」とホッとしたような声でお返事されました。
「今日もレシピ本をお探しですか?」と問いかけたところ、彼女は眉毛をハの字にして、一緒に住んでいる彼が怪我をして入院してしまったのだと言います。
「入院は長くかかりそうなのですか?」と聞くと、「あと1ヶ月ほどで退院出来ると聞いていて……」と、モゴモゴ何か言いたそう。
「あ、退院のお祝いをされたいとかですか?」
早合点かもしれないけれど、“壊滅的に“料理が苦手な彼女がレシピ本を見ているのは、きっとお料理を作りたい理由があるはずです。
「お祝いというか、私が料理を作るだけで彼はきっとびっくりしてくれると思うから、退院までに普通のごはんを作れるようになりたくて。しばらくは生活も大変なので、私がごはん係になりたいんです」
健気ーーー!! 相手を思う気持ちに、ちょっとウルッときた私。
ただ、ただね、あなたが手に持つその本は、ちょっと難しいかもしれないよ?
初心者でも簡単に作れるレシピ本を何冊か紹介すると、彼女はその中から、せいろ蒸しの本を選びました。彼が普段からせいろを使っているんだそう。さすが、料理上手がいるお家にはアイテムも揃ってる!
「せいろは全然難しくないですよ。市販のシュウマイとかもすごく美味しく蒸せるからどんどん使うといいです」
食いしん坊の私の言葉に、彼女は「練習します!」と笑いました。
それからまた一カ月ちょっと。
そろそろあの彼が退院する頃だな、と時々思い出していた私。彼女、料理頑張ってるかなぁ。
考えごとをしながら品出しをしていると、「こんにちは」とやって来たのは、松葉杖の彼!
「あぁ! 大きな怪我をされたんですよね。大変な時にお越しいただき、ありがとうございます!」
私が頭を下げると「彼女にせいろ蒸しの本を勧めてくださってありがとうございます」と、彼も頭を下げました。
「お使いいただいていますか……?」と聞くと「せいろならほぼ失敗なく作れるようになったと本人が言っていました!」
今日、彼は通院の帰りに立ち寄ってくださったのだと言います。
そろそろ料理をしたいと思い、お酒が好きな彼女のために、気楽でちょっと素敵なおつまみを作ろうとレシピ本を探しているのだそう。
「おしゃれなおつまみって、普段作らないのでレシピ本に頼りたくて」
ふふふ、それならオススメありまっせ!
我が家でも普段から大活躍中のレシピ本をお見せすると、「おぉ……! これはオシャレ!」
そうでしょう。マジでオススメなの。自分が書いたわけでもないのに、私、鼻高々でございます。
松葉杖をつきながら帰って行く彼を見送り、この数ヶ月で一気に豊かになった彼らの食卓を思います。
これからもいろんなレシピが混ざり合いながら、きっと、ふたりのお家の味が出来上がっていくのでしょうね。
【彼女におすすめした本】
『ズボラなせいろ蒸し おいしい! 時短! めっちゃラク!』
らむ/ワニブックス

今、せいろが熱いんです! オシャレ界隈と美容界隈ではたびたび話題となっていたせいろですが、とうとう日本中で大ブレイク! かくいう私のテーブルでもせいろは大活躍中。レシピ本もたくさん出ていますが、らむさんのレシピは、気楽に作れるものばかりで初心者にもオススメです!
【彼におすすめした本】
『arikoのくいしんぼうおつまみ 飲む人も人も飲まない人も、みんな美味しい』
ariko/光文社

arikoさんのレシピって、お出しすると「おっ」となる素敵なものが多いんです。レシピ通りに作っているだけなのに、オシャレな料理上手を装えます! 唐揚げやおでんから、エスニックやコリアン、台湾風まで、いろんな料理を楽しみたい食いしん坊なあなたに。
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第1話いつか子どもと繋いだ手を離すのだから。
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第2話誰かと一緒にごはんを食べる幸せについて。
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第3話いくつになってもきれいになる努力をする権利はあるのだ。
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第4話世界一素敵なプレゼント
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第5話25年振りの、夫婦水入らず
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第6話新しい年は、少しだけ新しい自分で。
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第7話大人のダイエットは、健康ありきなのである。
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第8話宿題やったか?お風呂入れよ、歯磨けよ!…終わった? よし、ミステリの世界へ行ってらっしゃい!
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第9話うちの店長は声がでかい。
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第10話ある書店員の平凡な一日。
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第11話お求めの本が見つからない日だってあるのです。
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第12話大切な人の親に会いに行くなら。
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第13話離れて暮らすことになる父の健康を願って。
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第14話古い友人との再会
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第15話うちの店の仕事ができるアイドルの話。
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第16話夫に「大好き」って言えますか?
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第17話直接伝えられないけれど、あなたに読んでほしいのです。
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第18話ふたりで作る、新しい食卓。
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。