書店員は見た!

この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第21話

私にとっては大賞なんですが。

2025年8月27日掲載

「……どうする?」
「どうしましょうねぇ……」
 店の一番目立つ棚の前で、店長以下数名のスタッフが途方に暮れています。

 文学賞は、書店において、売上を大きく左右する重要なイベントです。
 例えば、最近だと日本の作品がダガー賞を受賞しましたよね。
 ダガー賞とは、ミステリー小説に贈られる、英国の権威ある文学賞。今までも何度か日本の作品がノミネートされていて、どれもが傑作中の傑作なのです……。が、受賞は今回が初! しかも大好きな作品が受賞したとあって、販売する私も気合が入ります。
 「もう読んだ?」なんていう、お客さまの問いかけに「はい、面白いですよ! あっという間の2時間を保証します!」と答え、手にしたまま悩んでいる風の若者には「普段から漫画を読むかたにこそオススメですよ!」と後押しします。
 海のものとも山のものともつかぬ中年女性(私だ)の感想も、天下のダガー賞が後押ししてくれるので、それはもう、よく売れる。やはり権威ある文学賞には、とてつもない説得力があるものなのです。
 ちなみに、ノミネートされたというニュースが飛び込んできた時、当店の在庫は棚に1冊。受賞のタイミングを逃さないよう、担当者が出版社に追加の発注をかけるのです。
 これは、文学賞受賞などのおめでたい話題であっても、作家のかたの訃報であっても同じ。読者の皆さんが「読みたい!」と思った時に、書店ですぐ手にとれるよう、担当者たちはいつも世間の話題に目を光らせているのです。意外に思われるかもしれませんが、ちょっとミーハー気質な人が書店員には向いている気がします。本屋は世間のニュースと地続きの商売なんです。

 さて、冒頭の棚に戻りましょうか。
 数名のスタッフが呆然と立ち尽くす、その前には、直木賞・芥川賞のノミネート作品が並んでいます。
 昨日、このノミネート作の中から受賞作が発表され、棚の配置を変え、ポップやパネルを付ける手はずになっていましたが……。

 なんと、受賞作が無かったのです。

 直木賞と芥川賞。普段からあまり本を読まないかたですら耳にする、最も有名な文学賞ではないでしょうか。
 書店にとって、とても重要なイベントであり、このために、事前に棚を大きく空けて準備していたのですが、まさかの受賞作なし……!
 えーうそー。どうすんの、この棚は。
 ノミネートされるくらいなんだから、それはもう間違いなく面白いんです。
 でも、先ほどお話ししたとおり、「ノミネート!」と「受賞!」は売れ行きに大きく違いが出るもの。受賞作が無かったということで、良い作品があまり売れないなんてことになったら、悲しい。
 私が棚に並ぶノミネート作の中の一冊を指差し、「この本、今年イチ面白かったですけどね」と言うと、同僚のNさんが「え、そうなの? そんなこと聞いたら絶対に読まないとね。買います!」と笑います。
「売れてほしいなぁ……。本当にめっっっちゃくちゃ面白かったんです。今すぐ映像化してほしい。連ドラにならないですかね」
「映像化すると本も売れるしね」
「たくさんの人に読んでほしいですよね」
 結局、「ノミネートされるってことは、この本たちみんなすごく面白いんだぜ!」ってことで、棚は一旦そのままにすることに。どれも面白いから、皆さんに読み比べしてみてほしいのです。

 棚の入れ替えもなく、今日はあんまり疲れなかったな。
 元気に家に帰ると、リビングで娘が読書の余韻に浸っていました。
「ママ、この本めちゃくちゃ面白いよ」
 おぉぉ、それも直木賞ノミネート作のひとつではないか。
 私が選んだものとは別の作品を手に、娘は「これ、今年イチ面白いわ」と言います。
 そう、そうなのよ。どれもこれも名作なんだから!
 娘の長い感想を聞きながら、家事をします。ちょっと! ママはまだ読んでないんだからネタバレはしないでよ!

 そして翌日。
 レジに立っていると、メガネをかけた若い女性が私が推した本を買いにいらっしゃいました。
 おとなしい雰囲気のその女性は、私を見て何かに気づいたように「あ」と小さく呟くと、「昨日、『今年イチ面白かった』とおっしゃっていましたよね」と言います。
 昨日の棚の前での会話です。
 彼女は私が、昨日の店員だと気づいて話しかけてくださったのです。
 私が「はい。上半期一位です!」と答えると、「昨日は、あのタイミングですぐ手に取るのが気恥ずかしくて、買わないで帰ったんですけど、やっぱりどうしても欲しくて来ちゃいました」
「ありがとうございます!」と満面の笑みの私に、女性は小さな声で「いえ、こちらこそありがとうございます」と言い、微笑みました。
「楽しんでくださいね!」カバーを掛けた本を、両手で手渡します。
 何しろ、あなたが今手にしているのは、私が読んだ小説、上半期ダントツ一位。素晴らしい読書時間を、私が保証します!!

【私のイチオシ!】

『ブレイクショットの軌跡』 
逢坂冬馬/早川書房


自動車期間工の本田、同僚がSUVブレイクショットのボルトを車体の内部に落とすのを目撃してしまう……。1台の車を巡る、8つの物語が繋がる先は。バラバラな物語がどう繋がるのか全くわからない段階からページを繰る手が止まらない! 読了後は、ものすごい物語を読んでしまったと脱力してしまいました。

【娘のイチオシ!】

『乱歩と千畝─RAMPOとSEMPO─』
青柳碧人/新潮社


推理作家の江戸川乱歩と外交官の杉原千畝が”もし”出会っていたら……?
娘が強く推すので、私もすぐさま読みました。江戸川乱歩と杉原千畝は、二人とも早稲田大学の出身なのだとか。フィクションに史実が散りばめられ、まるで本当のことのよう! 若き日の大作家と、のちに偉大な決断をする外交官の友情の物語。

著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。