本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
あの日のお客さまに伝えたい「絶対無くさないからね!」
都心で単身赴任中の夫の家から坂を下って5分のところにある、商店街の入り口で、私はショックのあまり、棒立ちになっていました。
つい先日まであったはずの小さな本屋が、別の店に変わっていたのです。
そういえば今日、駅の出口でティッシュを配っていたのが、この新しいお店でした。
そうか……あのお店も無くなってしまったのか。いつもレジにいた、愛想のないおじさんの顔を思い出して、胸がギュッと締め付けられます。
別に優しくしてもらったことはなかったし、お店に私の本も置いてなかったけど(発売後すぐにチェックしたのだ)、でも夜中に光る書店の看板が、私を支える光のひとつだったんだよ……。
本を買おうと思えば、一駅先に8階建の超大型書店があるし、今スマホをポチッとしたら明日には欲しい本がポストに届くでしょう。
でも、私にとっては、この小さなお店も必要だったの。
あぁ、もうやるせないったら。書店跡地の近くのクラフトビール屋で一杯引っ掛け、帰宅することに。
明日読む本、どうしたらいいのよ。
数日後、レジに立つ私は、理不尽なご指摘を受けていました。
「おたくみたいな大きい店があるから、他の本屋が全部潰れたんだ!」
カウンターを拳で叩きながら、お爺さんが声を張り上げます。
実は、私が働いている店の近隣書店も、ここ数年で閉店が相次ぎ、とうとううちだけになってしまったのです。
しかもね、驚くことに、別に人口が減少している地域じゃないんです。むしろ増えている地域。若い世帯も引っ越して来ているし、学校だってたくさんある。
なのに、本屋はないの。そりゃみんな困るわ。
憤るお爺さんに相槌を打ちながら、後ろに並んでいるかたとそっと目を合わせ、「お待たせしてごめんねすぐほかのひと呼びます」とテレパシーを送り、インカムで「レジフォローお願いします」と囁いたところ、お爺さんの怒りの炎がなぜか大きく燃え上がりました。
「そんな機械を使わないと、人を呼ぶことも出来んのかーー!!」
えぇぇぇ……。そこはしょうがなくないか。店が広いんだもの。
その間にレジの列は更に伸び、フォローに来た同僚が「もうひとりレジ入れますか」とインカムで応援要請。するとお爺さんは更に怒って……。
もう、どうしたらいいのよ。
どうしたもんかと困り果てた私とは裏腹に、怒りを吐き出すだけ出したら、お爺さんはスッキリしたのか、「まぁ頑張れってことだ。また来る」と帰って行きました。
その場にいる全員が「また来んのかい!!」と心の中でつっこみつつ、エスカレーターを降りる後ろ姿を見送ります。
気を取り直して、レジに次のお客さまをお迎えすると、ずっと並んでお待ちくださった女性が、
「災難でしたね。私も近所の本屋さんが無くなっちゃって。でもここがあって良かった。頑張ってね。無くならないでね」と私に微笑みました。
「無くならないでね」の一言が切実で、私は返す言葉に悩み、お客さまの目を見ると、「また来ますね」とまた笑顔。
女性を見送り、長蛇の列を捌ききって、「こんなに本を必要としている人がいるのにな」と考えます。
きっと、どんな風に世界が変わっても、人間の営みが続く限り、本が無くなることはないでしょう。
それであれば、私たち書店員に出来るのは、”本を必要としているあなたに届けるお手伝いをするだけ”だと、思うのです。
女性が買っていかれた本、仕事帰りに私も買って帰ろう。
帰路の電車に揺られるバッグの中で、それはお守りのように優しい重さで、私がページを開くのを待っているのでした。
【女性が購入された本】
『蝶の粉 改訂文庫版』
浜島直子/mille books

小学生時代の将来の夢は、「エッセイスト」と「ミステリーハンター」だった私。
それを両方叶えている浜島さんは、憧れのひとです。
優しく心を撫でてくれるようなこちらの随筆集。なかでも「貝殻の音」と、文庫化に際し収録された「けむり」はぜひ読むべき名作です!
『飼い犬に腹を噛まれる』
彬子女王(著) ほしよりこ(絵)/PHP研究所

“私は自他共に認める事件体質である。”「おわりに」の冒頭での告白に、僭越ながらわたくし、プリンセスを仲間と認識させていただきました。私も自他共に認める事件体質ではございますが、事件体質のプリンセスなんて、事件体質界隈のトップに君臨すべき存在だ。読む前から面白いに決まってるよ! と読んで、大満足の一冊でした。
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第1話いつか子どもと繋いだ手を離すのだから。
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第2話誰かと一緒にごはんを食べる幸せについて。
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第3話いくつになってもきれいになる努力をする権利はあるのだ。
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第4話世界一素敵なプレゼント
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第5話25年振りの、夫婦水入らず
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第6話新しい年は、少しだけ新しい自分で。
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第7話大人のダイエットは、健康ありきなのである。
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第8話宿題やったか?お風呂入れよ、歯磨けよ!…終わった? よし、ミステリの世界へ行ってらっしゃい!
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第9話うちの店長は声がでかい。
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第10話ある書店員の平凡な一日。
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第11話お求めの本が見つからない日だってあるのです。
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第12話大切な人の親に会いに行くなら。
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第13話離れて暮らすことになる父の健康を願って。
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第14話古い友人との再会
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第15話うちの店の仕事ができるアイドルの話。
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第16話夫に「大好き」って言えますか?
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第17話直接伝えられないけれど、あなたに読んでほしいのです。
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第18話ふたりで作る、新しい食卓。
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第19話お酒と本が大好きなのです。
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第20話天国にいる、大好きな君へ。
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第21話私にとっては大賞なんですが。
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第22話こんな自分でオッケーなんです。
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第23話平成という、パワフルで切なくて、エモい時代。
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第24話あの日のお客さまに伝えたい「絶対無くさないからね!」
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第25話いい大人ですが名刺交換がうまくできません。
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第26話楽に働くって、どういうこと?
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第27話最近、押しが出来まして。
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。

