書店員は見た!

もくじ
この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第25話

いい大人ですが名刺交換がうまくできません。

2025年10月30日掲載

 スマートな大人になりたいものだと、名刺交換の場で、いつも思います。
 今年45歳。未だになれていないのだから、その道は厳しいと言わざるを得ません。

 先日、名刺を作りました。
 今回作ったのは、働いている書店のものではなく、個人で活動する際に使用するもの。
 書店員として働きつつも、文章のお仕事をいただいていますし、SNS等を通じて個人として様々な活動をしているので、人とお会いすることが多いのです。
 それなのになぜ、今まで名刺を作らなかったのか。
 私は、自分の肩書きがよくわからないのです。

 “書店員“では、ある。しかしながら、属している会社があるのに、個人の名刺にそれを明記するのもおかしな気がする。
 ならば、“インスタグラマー“か。これは、もう絶対に違う。この名称が持つ圧倒的な華やかさを、わたくし、カケラも持ち合わせておりません。名刺を受け取った側が困惑して、名刺の肩書きと私の顔を見比べる、そんな未来が脳内で再生されます。

 そんなわけで、名刺を持たずに数年(長い)。
「すみません、私、名刺を持っていなくて……」と名刺交換の場でヘラヘラしながら乗り切ってきた私でしたが、ここ数ヶ月、いろいろなかたとお会いすることが続きまして。
 終始ヘラヘラしている私に、同行者が言いました。
「いい加減、名刺作りなさいよ」
 いやほんとにそう、おっしゃるとおりよ。いい大人なのに、恥ずかしいっス。

 自分が何者か分からぬまま、帰り道に立ち寄った駅の本屋で文庫本とコミックの新刊を買いました。
 友人と気楽なおしゃべりをしている気持ちになるようなエッセイは、悩みや考えごとがある時の味方です。おしゃべりの楽しさで一時的に悩みを忘れることも出来るし、時には、友人(著者)のふとした発言が、悩みごとを解決する糸口になることも。
 初めて入った本屋の平台で、サッと手にしたエッセイでしたが、大好きな著書の新刊とあって、間違いない面白さ。電車の中でニヤニヤしながら読み進めていると、唐突にその文章は現れました。

『夢を叶えようと丸腰で真正面から突進するよりも、得意なことを見つけて頭角を現せば、勝手に名が世に出て自動的に会いたい人に会え、やりたいことができ、夢が叶う。』

 あれ、この話、めっちゃわかるぞ。
 もちろん、私の名が世に出ているかと言うと、その答えは全くもってNОなわけですけど、でも言いたいことがちょっとだけわかる。

 私が子どもの頃になりたかった職業は、“文筆家“でした。
 小学生の頃から、作家さんの日記やエッセイを読むことが好きで、私もいつか書く人になりたいと思っていたんです。
 ところが、なり方もよく分からないし……とふらふら生きてきた結果、私は紆余曲折を経て書店員へと辿り着きました。
 ふらふらしながらも、ただひとつやめなかったのは日記を書くことで、ブログというものがこの世に登場してからは、趣味のインテリアの写真に、日記代わりの文章をつけて投稿を始めました。

 インテリアとDIY、このふたつは私にとって得意分野と言えます。
 ブログを通じてインテリア雑誌から取材の依頼が舞い込み、それからしばらくは様々なインテリア関連のお仕事をさせていただきつつも、しつこく日記を投稿し続け、インテリアが縁で知り合った出版社さんから文章のお仕事をいただけるようになったのは、それから5年以上が経った頃のことでした。
つまり、皆さんにこの文章をお読みいただけているのは、私が引越しのたびに家の中を改装し続けた結果でもあるのです。
 あぁ、ありがとう。古い家を好んで選び、壁を塗ったり貼ったり、時にはぶち抜いてきた過去の私よ。
 丸腰ルートを通っていないから何とも言えないけど、もし文章だけ書いていたら、今と同じ場所に立っているとは思えない。
 得意なことをした方がいいというのは、ものすごく腑に落ちます。

 帰宅し、家事もそこそこに2冊目。コミックの最新刊のページを繰ると、ヒロインが言います。
「きっと こんな風にね しつこくて諦められない気持ちを『向いてる』って言うんじゃないかなって」

 そうそう、そうなのよ。
 きっと同じページを開いているたくさんのかたが、私と同じようにボタボタと涙をこぼしたのではないでしょうか。

 名刺の肩書きには、“書店員”、そして“文筆家”と並べました。
愛着を持って楽しんでいる仕事の隣りに、おこがましいからと名乗るのを遠慮していたけれど、しつこく思い続けた職業を。
 名刺を渡す時、私は嬉しさと恥ずかしさでニヤニヤしていて、とても不審です。
 スマートな大人への道は遠く険しい。

【駅の本屋で買った本】


『ひとまず上出来』 
ジェーン・スー/文藝春秋


ジェーン・スーさんの文章は、いつだって私たちの味方です。
日常の些細な出来事を書いているのに、なぜか痛快。そして、不思議と社会的。中年だけど健康に楽しく生きようぜ! と元気をもらえます。中年のリアルと、大人のカッコ良さをあわせ持った、笑えるけれど濃密な一冊。

『3月のライオン』18
羽海野チカ/白泉社


もはや全人類読んでいるかもしれない名作だけど、紹介させてほしい!! 将棋の道に生きる少年、桐山零と、彼を取り巻く人々の物語。昨日見かけた、電車で涙を拭いながら読んでいるかたが手にしていたのも、こちらの最新刊でした。「私のための物語」だと、読むたびに思います。読めばあなたもきっと、同じ気持ちになるはず。

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著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。