書店員は見た!

もくじ
この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第28話

お隣さんとのクリスマスパーティー

2025年12月15日掲載

 夫の転勤で、日本の北から南へとあちこち移動しながら暮らしてきた私ですが、気がつけば東京(のすみっこ)に住んで5年が経ちます。
 子どもたちが大きくなり、夫が単身赴任をすることになったので、しばらくこの場所を離れることはないでしょう。20年ぶりくらいにやってきた“引っ越さない暮らし”は、とても新鮮です。

 都市部に暮らして気づいたことのひとつは、ランチでお酒を飲んでいる人か結構たくさんいること(ちなみに、私自身もお酒好きなので、この後予定もないとなれば定食屋でビールを頼んだりしがちです)。
 理由は、公共交通機関が発達しているので、帰りの運転の心配がないから。車社会ではそうはいかない。なるほどな、と思ったものです。

 ここ数年仲良くしている友人は、パスタ屋さんのカウンターで隣り同士になったことがきっかけで仲良くなりました。
 ふたりとも、本日のオススメパスタセットと白ワインを頼み、偶然にも同じ美術展のパンフレットを手にしていたので、話が弾んだのです。
 彼女は私と同い年。昨年、離婚したことをきっかけに一念発起し、学び直しをするため学校に通う準備をしていましたが、昨年めでたく学校に入学。学校の近くに小さな部屋を借りて引越したのですが、偶然にも私が働く書店にアクセスが良い場所で、時々ふらっとお買い物に来てくれます。

 店内に流れる音楽がクリスマスの曲に変わり、年末特有のソワソワした空気が流れる、ある日の夕方。久しぶりに彼女がやって来ました。
 今日は、プレゼントを探していると言います。
 住んでいるアパートのお隣さんと仲良くなり、クリスマスを一緒に過ごすことになったそう。
 まさか男性か? 彼氏が出来るのか? と、聞く私に「ううん、相手は80過ぎのおばあちゃん」。
 お隣に住むおばあちゃんは、ご主人に先立たれ、現在は一人暮らしをされているそう。お洒落なマフラーが素敵で声をかけたことから仲良くなり、今では週に何度か夕食を食べる仲になったのだと言います。友人はフレンドリーな人なのです。
 彼女の年上の友人はどんなかたなのかと聞くと、動物好きで料理好きとのこと。かなり短めのショートカットに、鼈甲の丸っこい眼鏡をかけていて、明るい色のセーターやマフラーを好んで着ている。古いアパートの小さな部屋は、お洒落だけれど感じが良く親しみやすい雰囲気。
 聞けば聞くほど素敵なおばあちゃん。私も友だちになりたいくらいです。
 極めつけは、昨日ご馳走になった夕食の献立が、「ブランダード風のグラタン」!
 ブランダードとは、鱈とじゃが芋をペースト状に煮たフランスの家庭料理のこと。おばあちゃん、相当の強者と見た。
 読書もお好きで図書館によく行かれると聞き、悩んだ結果、おばあちゃんが主役の海外文学をオススメしました。
「きっと喜んでくれると思う」と言う彼女に「今度紹介してよ」と言ってみます。
 素敵な生き方をされている先輩に、ぜひお会いしてみたいと思ったのです。

 彼女は、他のものと一緒に包むので、ラッピングは不要と言い、お会計を済ませると「またね!」と帰って行きました。
 彼女の、人との間に壁を作らない生きかた、すごく尊敬しています。

 さて、それからさらに一週間ほど。
 品出しをしていると「森田さんかしら?」と声をかけてきたご婦人が。茶色のコートにタートルネック、鼈甲色の眼鏡。あら、このかたはもしや?
「○○ちゃんからお話を聞いていて、近くまで来たので寄ってみました」
 やっぱり! 前述の友人のお隣さんです。
 今日、くだんの友人へのクリスマスプレゼントを探しに出かけ、レースのハンカチと素敵なハンドクリームを買ってきたと言います。
「○○ちゃんがあなたと一緒に本も選んでくれたと言っていたので、私もそうしようかしら、なんて思いましてね」
 クリスマスに本を贈り合うなんて素敵!
 サスペンス映画が好きな彼女に、海外のミステリー小説を一冊選びました。

 お見送りした後、ふたりのクリスマスパーティーを想像しました。
 お隣のご婦人はきっと温かなご馳走を用意するでしょうし、お酒が好きな友人はワインを持って行くでしょう。お互いのプレゼントに目を輝かせる様子も思い浮かびます。
 プレゼントを贈り合える人がいることが、それだけですでにギフトなんですよね。
 読んでくださっているあなたにも、素敵なクリスマスがやってきますように。

【友人におすすめした本】


『ペンギンにさよならをいう方法』 
ヘイゼル・プライア 著/圷香織 訳/東京創元社

主人公のヴェロニカ、八十五歳。彼女が自分の遺産について考えることころから物語は始まります。ある日、アデリーペンギン研究が資金不足と知った彼女は、遺産をペンギンに……と思い立ち、ペンギンたちに対面するため南極へと旅立つ! あなたも読めば、偏屈な頑固ババアのヴェロニカのファンになるはず!

【お隣さんにおすすめした本】

『アルパートンの天使たち』
ジャニス・ハレット 著/山田蘭 訳/集英社文庫

自分たちは人間の姿をした天使だと信じるカルト教団”アルパートンの天使”の信者複数人が廃倉庫の中で死体として発見される。謎多き事件から18年、犯罪ノンフィクション作家のアマンダ・ベイリーはこの事件の取材を始めるが……。「取材記録」を読むかたちで物語が進んでいく臨場感たるや! ノンストップで読んでほしい!

もくじ
著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。