本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
お隣さんとのクリスマスパーティー
夫の転勤で、日本の北から南へとあちこち移動しながら暮らしてきた私ですが、気がつけば東京(のすみっこ)に住んで5年が経ちます。
子どもたちが大きくなり、夫が単身赴任をすることになったので、しばらくこの場所を離れることはないでしょう。20年ぶりくらいにやってきた“引っ越さない暮らし”は、とても新鮮です。
都市部に暮らして気づいたことのひとつは、ランチでお酒を飲んでいる人か結構たくさんいること(ちなみに、私自身もお酒好きなので、この後予定もないとなれば定食屋でビールを頼んだりしがちです)。
理由は、公共交通機関が発達しているので、帰りの運転の心配がないから。車社会ではそうはいかない。なるほどな、と思ったものです。
ここ数年仲良くしている友人は、パスタ屋さんのカウンターで隣り同士になったことがきっかけで仲良くなりました。
ふたりとも、本日のオススメパスタセットと白ワインを頼み、偶然にも同じ美術展のパンフレットを手にしていたので、話が弾んだのです。
彼女は私と同い年。昨年、離婚したことをきっかけに一念発起し、学び直しをするため学校に通う準備をしていましたが、昨年めでたく学校に入学。学校の近くに小さな部屋を借りて引越したのですが、偶然にも私が働く書店にアクセスが良い場所で、時々ふらっとお買い物に来てくれます。
店内に流れる音楽がクリスマスの曲に変わり、年末特有のソワソワした空気が流れる、ある日の夕方。久しぶりに彼女がやって来ました。
今日は、プレゼントを探していると言います。
住んでいるアパートのお隣さんと仲良くなり、クリスマスを一緒に過ごすことになったそう。
まさか男性か? 彼氏が出来るのか? と、聞く私に「ううん、相手は80過ぎのおばあちゃん」。
お隣に住むおばあちゃんは、ご主人に先立たれ、現在は一人暮らしをされているそう。お洒落なマフラーが素敵で声をかけたことから仲良くなり、今では週に何度か夕食を食べる仲になったのだと言います。友人はフレンドリーな人なのです。
彼女の年上の友人はどんなかたなのかと聞くと、動物好きで料理好きとのこと。かなり短めのショートカットに、鼈甲の丸っこい眼鏡をかけていて、明るい色のセーターやマフラーを好んで着ている。古いアパートの小さな部屋は、お洒落だけれど感じが良く親しみやすい雰囲気。
聞けば聞くほど素敵なおばあちゃん。私も友だちになりたいくらいです。
極めつけは、昨日ご馳走になった夕食の献立が、「ブランダード風のグラタン」!
ブランダードとは、鱈とじゃが芋をペースト状に煮たフランスの家庭料理のこと。おばあちゃん、相当の強者と見た。
読書もお好きで図書館によく行かれると聞き、悩んだ結果、おばあちゃんが主役の海外文学をオススメしました。
「きっと喜んでくれると思う」と言う彼女に「今度紹介してよ」と言ってみます。
素敵な生き方をされている先輩に、ぜひお会いしてみたいと思ったのです。
彼女は、他のものと一緒に包むので、ラッピングは不要と言い、お会計を済ませると「またね!」と帰って行きました。
彼女の、人との間に壁を作らない生きかた、すごく尊敬しています。
さて、それからさらに一週間ほど。
品出しをしていると「森田さんかしら?」と声をかけてきたご婦人が。茶色のコートにタートルネック、鼈甲色の眼鏡。あら、このかたはもしや?
「○○ちゃんからお話を聞いていて、近くまで来たので寄ってみました」
やっぱり! 前述の友人のお隣さんです。
今日、くだんの友人へのクリスマスプレゼントを探しに出かけ、レースのハンカチと素敵なハンドクリームを買ってきたと言います。
「○○ちゃんがあなたと一緒に本も選んでくれたと言っていたので、私もそうしようかしら、なんて思いましてね」
クリスマスに本を贈り合うなんて素敵!
サスペンス映画が好きな彼女に、海外のミステリー小説を一冊選びました。
お見送りした後、ふたりのクリスマスパーティーを想像しました。
お隣のご婦人はきっと温かなご馳走を用意するでしょうし、お酒が好きな友人はワインを持って行くでしょう。お互いのプレゼントに目を輝かせる様子も思い浮かびます。
プレゼントを贈り合える人がいることが、それだけですでにギフトなんですよね。
読んでくださっているあなたにも、素敵なクリスマスがやってきますように。
【友人におすすめした本】
『ペンギンにさよならをいう方法』
ヘイゼル・プライア 著/圷香織 訳/東京創元社

主人公のヴェロニカ、八十五歳。彼女が自分の遺産について考えることころから物語は始まります。ある日、アデリーペンギン研究が資金不足と知った彼女は、遺産をペンギンに……と思い立ち、ペンギンたちに対面するため南極へと旅立つ! あなたも読めば、偏屈な頑固ババアのヴェロニカのファンになるはず!
【お隣さんにおすすめした本】
『アルパートンの天使たち』
ジャニス・ハレット 著/山田蘭 訳/集英社文庫

自分たちは人間の姿をした天使だと信じるカルト教団”アルパートンの天使”の信者複数人が廃倉庫の中で死体として発見される。謎多き事件から18年、犯罪ノンフィクション作家のアマンダ・ベイリーはこの事件の取材を始めるが……。「取材記録」を読むかたちで物語が進んでいく臨場感たるや! ノンストップで読んでほしい!
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第1話いつか子どもと繋いだ手を離すのだから。
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第2話誰かと一緒にごはんを食べる幸せについて。
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第3話いくつになってもきれいになる努力をする権利はあるのだ。
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第4話世界一素敵なプレゼント
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第5話25年振りの、夫婦水入らず
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第6話新しい年は、少しだけ新しい自分で。
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第7話大人のダイエットは、健康ありきなのである。
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第8話宿題やったか?お風呂入れよ、歯磨けよ!…終わった? よし、ミステリの世界へ行ってらっしゃい!
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第9話うちの店長は声がでかい。
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第10話ある書店員の平凡な一日。
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第11話お求めの本が見つからない日だってあるのです。
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第12話大切な人の親に会いに行くなら。
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第13話離れて暮らすことになる父の健康を願って。
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第14話古い友人との再会
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第15話うちの店の仕事ができるアイドルの話。
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第16話夫に「大好き」って言えますか?
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第17話直接伝えられないけれど、あなたに読んでほしいのです。
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第18話ふたりで作る、新しい食卓。
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第19話お酒と本が大好きなのです。
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第20話天国にいる、大好きな君へ。
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第21話私にとっては大賞なんですが。
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第22話こんな自分でオッケーなんです。
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第23話平成という、パワフルで切なくて、エモい時代。
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第24話あの日のお客さまに伝えたい「絶対無くさないからね!」
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第25話いい大人ですが名刺交換がうまくできません。
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第26話楽に働くって、どういうこと?
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第27話最近、押しが出来まして。
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第28話お隣さんとのクリスマスパーティー
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。

