本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
楽に働くって、どういうこと?
何年も前のことになりますが、印象に残っているアルバイトの男の子がいます。
彼は、仕事の飲み込みが早く、察しも良い。いわゆる“出来の良い子”だったのですが、とにかく働くことが嫌いで、ちょっと目を離すとすぐに怠けるのです。
真面目にやれば、誰よりも仕事が出来る子で、コミュニケーション力も高く、お客さまが望んでいることも察知出来るし、混雑している店で今自分が何をすべきかの判断も的確。
でも、店内が落ち着くと、途端に最低限のことしかやらない。この“最低限のこと”が出来ているというのがまたポイントで、「ここまでやっておけば大丈夫」というラインを見極められる賢い子でもあるわけです。
すぐサボるけれど、注意すればやることはやるし、しかもきちんと成果を出すため、なんやかんやと可愛がられ、年下のアルバイトたちからは頼りにされている、稀有な存在でした。
そんな彼とふたり、バックヤードで翌日からのイベントの立ち上げ準備をしていた時のこと。
「俺、バイト辞めようと思うんスよね」と、唐突に言い出したのです。
当時、彼は大学三年生。あと一年で卒業だし、このまま働いてたら良いじゃないの。
私が強く引き留めるでもなく、思っていることをサラッと伝えたところ、「なんか、書店員って割に合わなくないですか?」と言う。
確かに書店員という仕事は、外から見た印象とだいぶ違うもの。
まず商品が重い。本一冊ならそうでもないが、店に入荷する時は束になってやってくるわけで、分厚い結婚情報誌の束を10個運ぶなんてこともザラにある。
専門知識も必要だし、今話題の情報やニュースも仕入れておかねばいけないし、レジも接客も、ラッピングも出来るようにならねばいけない。
でも、お給料は安い。
割に合わないという彼の言い分は、正しいと言えなくもないのです。
「たしかに割に合わないと思うこともたくさんあるけど、ほかの仕事に変えがたい良さもあるからね」と私が言うと、彼は「もっと楽に仕事したいんですよね」とため息をつきます。
「楽に仕事したい人には、向いてない仕事ではあるね」
そもそも、“楽な仕事”なんて、この世に存在するのでしょうか。
書店員に限らずとも、どんな仕事にも面白い面と辛い面が存在します。目の前の仕事と真剣に向き合い、より良い仕事をしようと思う人が苦労知らずなわけはなく、みんな必ず困難な場面に対峙し、それを乗り越えてきているのです。
「それが仕事の面白さでもあるからね」
彼の普段の仕事ぶりを見て、もったいないと思っていたし、最近では彼を真似てサボるバイトが現れ始め、気になってもいたため、大人として真剣に伝えました。
ところが、彼は「森田さんも説教とかするんですね。意外!」と笑い、他の話を始めたのです。
伝わらなかった無念さと、真剣に話し過ぎたかもしれないという気恥ずかしさがない混ぜになり、私は適当に相槌を打ちながら手を動かしました。
その一カ月後、彼は友人に紹介されたという「割りのいいバイト」を始めるため、書店を辞めていきました。
それは、私にとって苦い思い出となり、何年も心に留まっていたのです。
そんな彼が、今働いている書店に現れたのは、つい先日のこと。
すっかり大人になり、スーツ姿が板についた彼でしたが、それでも私に向かって大きく手を振る笑顔は昔のまま。
駆け寄って「久しぶり!」と握手をすると、「森田さんのネット記事を見て、来てみたんです。お休みじゃなくて良かった」と笑います。
書店を辞めたあとの次の仕事は、時給が高かったものの、とんでもなく忙しく、そして「あんまり好きな仕事じゃなかったんです」
やっぱり本に関わる仕事が好きなんだと気づき、就活を頑張って、出版社に就職したんだそう。
「あの頃は、頑張るのがカッコ悪いっていうか、『簡単にこなせる俺カッケー』みたいな気持ちもあったんです」
就活も大変だったし、就職してみたらもっと大変だと、彼は楽しそうに話します。
「あの時言われたこと、覚えてます」と、彼が指差した先には、私が言ったことを端的に表すタイトルの本が平積みされていました。
不意打ちに涙が出てきた私が、照れ隠しに「この本、面白いよ。帰りの電車で読んだら?」と言うと、それを手に取り、若い世代に売れているビジネス書も一緒に買って、駅へと向かって行きました。
この先の彼の仕事が、どんなに困難でも面白いものでありますように。
そして、私にとってもそうであるように。
だって、人生の大半は仕事をして生きていくんですものね。
【彼が買った本】
『この世にたやすい仕事はない』
津村記久子/新潮社
仕事が面白かったけれど、燃え尽きてしまった主人公が、様々な仕事を経験しながら自分と仕事の在り方を探す物語。がっつり働くお仕事小説かと思いきや、良い意味で裏切られました。飄々としながらも、目の前の仕事に誠実に向き合う主人公、好感が持てます。そして、やはり“簡単な仕事”にも苦労はあるもんですな……。

『覚悟の磨き方 超訳 吉田松陰』
池田貴将/サンクチュアリ出版
若い男性がレジに持って来るのを、よく見かけるんです。聞けば、吉田松陰が今注目されているらしい。すごいよね、彼。彼の松下村塾が無かったら、今の日本は無かったかもしれないもんね。そんなわけで読んでみたら、溢れる名言の数々に付箋を貼らずにはいられなかった。やる気を出したいあなた、読むべきですよ!

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第1話いつか子どもと繋いだ手を離すのだから。
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第2話誰かと一緒にごはんを食べる幸せについて。
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第3話いくつになってもきれいになる努力をする権利はあるのだ。
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第4話世界一素敵なプレゼント
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第5話25年振りの、夫婦水入らず
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第6話新しい年は、少しだけ新しい自分で。
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第7話大人のダイエットは、健康ありきなのである。
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第8話宿題やったか?お風呂入れよ、歯磨けよ!…終わった? よし、ミステリの世界へ行ってらっしゃい!
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第9話うちの店長は声がでかい。
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第10話ある書店員の平凡な一日。
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第11話お求めの本が見つからない日だってあるのです。
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第12話大切な人の親に会いに行くなら。
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第13話離れて暮らすことになる父の健康を願って。
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第14話古い友人との再会
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第15話うちの店の仕事ができるアイドルの話。
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第16話夫に「大好き」って言えますか?
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第17話直接伝えられないけれど、あなたに読んでほしいのです。
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第18話ふたりで作る、新しい食卓。
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第19話お酒と本が大好きなのです。
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第20話天国にいる、大好きな君へ。
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第21話私にとっては大賞なんですが。
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第22話こんな自分でオッケーなんです。
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第23話平成という、パワフルで切なくて、エモい時代。
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第24話あの日のお客さまに伝えたい「絶対無くさないからね!」
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第25話いい大人ですが名刺交換がうまくできません。
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第26話楽に働くって、どういうこと?
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第27話最近、押しが出来まして。
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。

