書店員は見た!

もくじ
この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第27話

最近、押しが出来まして。

2025年11月30日掲載

 月に何度か、午前休の日があるのですが、いつもと違う時間の通勤が嬉しく、ひそかに楽しみにしているのです。
 朝は殺伐としている通勤電車も、昼間はのほほんとした雰囲気を醸し、小さな子どもを連れたお母さんや老夫婦、外出中のサラリーマン、私のように午後からの仕事に向かう様子のかたが、間隔を空けて座るなか、端の方に座り文庫本のページをめくります。すると、暖かくて眠くなってきました。

 仕事……行きたくないな……。
 気持ちよくウトウトしていると、近くの席からグスグスと鼻をすする音が。
 見れば、若い男子が文庫本を読みながら、盛大に涙を流しています。
 ちょっとヤンチャな雰囲気の子です。レザーのブルゾンに、丸いサングラス、髪は横のところを短く刈り上げ、トップのサラサラの髪はきれいにセットされ、耳のピアスが光っています。
 カバーを掛けずに読んでいる文庫本は、今話題の小説ですが、実は私は未読。
 今日、絶対買って帰ろ。すっかり目が覚めた私は、横目でチラチラと彼を見ながら、心の買い物リストに刻みました。
 それにしても、不良風な見た目の男子が読書して泣くなんて……、ギャップ萌えだぞ♡

 同じ駅で降りた彼の後ろを歩いていると、高齢の女性のバッグに軽くぶつかった彼の「すみません」という声が聞こえました。
 ん? なんか聞いたことある声だな。
 階段の先を行く彼の後頭部を見つめながら考えますが、どこで会ったか全く思い出せません。

 もやもやしながら仕事をして、仕事終わりに彼が読んでいた文庫本を買い、「同じモールで働いている子なのかな」と考えながらコンビニに寄ったら、答えが出ました。
レジに立っているのが、まさに電車の彼だったのです。
 このコンビニは、週3回くらいの頻度で立ち寄る場所。私服だとわからなかったけれど、いつも夜の時間帯にレジにいるアルバイトさんでした。

 コンビニで働く彼は、好感が持てます。
 無愛想ですが、仕事が早く、臨機応変で、常連のお客さまのことがしっかり頭に入っていて、例えば私がスマホ決済をよく使うことを覚えてくれています。
 ほら、今も私の前のお客さまのタバコの銘柄を把握してる。シゴデキだね! 彼、推せるわー。
 レジで、彼は少し気まずそうな顔をしたように見えます。昼間、同じ電車に乗っていたことを知っているのかもしれません。
 泣いているのを見られたら、まぁ気まずいよね。買ったカフェラテを抽出しながら苦笑いして、次からは何も見ていなかった顔で来ようと決めます。
 行かないであげてもいいんですが、最寄駅のコンビニに寄らずには生きられないしね(大げさ)。

 さて、その翌日。
 昨日まで持ち歩いていた本を読了したので、いよいよ彼が読んでいた小説を読むことにしたのですが、駅のホームでバッグをどんなに漁っても見つからないのです。
 昨日、家でバッグから出した記憶もなく、どこで無くしたのか心当たりが全くありません。
 見つからないまま職場に着き、「もう探すのは諦めて同じ本を買おうかしら」と考えていたら、レジのスタッフが「森田さん、お客さまがご用みたいですが」
 
 レジにいらっしゃるのは、コンビニの彼です。
「いらっしゃいませ。何かございましたか?」と聞くと、彼は「昨日、店に忘れ物をしていかれたので」とぶっきらぼうに答えました。
「あぁ、私の本!!」
 防犯カメラで確認して、私が忘れて行ったことがわかったそう。
 そういえば、昨日、バッグにスマホがうまく入らなくて文庫本を取り出したんだった……。そしてそのまま、置いてきてしまったのです。
「わざわざお待ちいただいて申し訳ありません」と言った私に、「もともと今日、本屋に行こうと思ってたんで、ついでです」
 つまり、彼も私が本屋のスタッフだと知っていたということ。
「ありがとうございます!」と頭を下げると、彼は「よく来るんで大丈夫です。ほんとについでです」
 笑顔とまでは言えないけど、ちょっとだけ目の端が下がったような気がします。
 今、彼が買った本はまたもや今年の話題作です。きっと普段から本をたくさん読んでいるのでしょう。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ!」
 彼は、私に小さく会釈をすると、カバーも掛けずレシートを挟んで出口に向かって行きました。
「やっぱり推せるわぁ……」
 私が呟くと、隣りにいた同僚が「えぇ、意外!」とのけ反りました。
 いやいや、君、人は見た目で判断したらいかんのよ。

 ちなみに、私の元に返ってきた本は、その日のうちに一気読み。良い読書時間でした。

【彼が買った本】


『ザ・ロイヤルファミリー』 
早見和真/新潮社


ある挫折をきっかけに希望を見失っていた税理士の栗須は、馬主・山王耕造と出会い……。競馬の世界に生きる者たちの20年にわたる再起の物語。ドラマが話題の本書ですが、競馬にイマイチ興味が湧かず、未読だったのです。同じ気持ちのかた、ぜひ読んで! 競馬が分からない人も、面白く読めるなんて、物語の力ってすごい!!

『イン・ザ・メガチャーチ』
朝井リョウ/日本経済新聞出版経
 


「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
次々に話題作を世に送り出し続ける朝井リョウは、令和の怪物と言って良いのでは(ゆとり世代だから平成の怪物か)。何を題材にしても、私たちの心を揺さぶってくる彼ですが、今回のテーマは”推し活ビジネス”。私も物語に操られている一人だと痛感。

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著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。