本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。
最近、押しが出来まして。
月に何度か、午前休の日があるのですが、いつもと違う時間の通勤が嬉しく、ひそかに楽しみにしているのです。
朝は殺伐としている通勤電車も、昼間はのほほんとした雰囲気を醸し、小さな子どもを連れたお母さんや老夫婦、外出中のサラリーマン、私のように午後からの仕事に向かう様子のかたが、間隔を空けて座るなか、端の方に座り文庫本のページをめくります。すると、暖かくて眠くなってきました。
仕事……行きたくないな……。
気持ちよくウトウトしていると、近くの席からグスグスと鼻をすする音が。
見れば、若い男子が文庫本を読みながら、盛大に涙を流しています。
ちょっとヤンチャな雰囲気の子です。レザーのブルゾンに、丸いサングラス、髪は横のところを短く刈り上げ、トップのサラサラの髪はきれいにセットされ、耳のピアスが光っています。
カバーを掛けずに読んでいる文庫本は、今話題の小説ですが、実は私は未読。
今日、絶対買って帰ろ。すっかり目が覚めた私は、横目でチラチラと彼を見ながら、心の買い物リストに刻みました。
それにしても、不良風な見た目の男子が読書して泣くなんて……、ギャップ萌えだぞ♡
同じ駅で降りた彼の後ろを歩いていると、高齢の女性のバッグに軽くぶつかった彼の「すみません」という声が聞こえました。
ん? なんか聞いたことある声だな。
階段の先を行く彼の後頭部を見つめながら考えますが、どこで会ったか全く思い出せません。
もやもやしながら仕事をして、仕事終わりに彼が読んでいた文庫本を買い、「同じモールで働いている子なのかな」と考えながらコンビニに寄ったら、答えが出ました。
レジに立っているのが、まさに電車の彼だったのです。
このコンビニは、週3回くらいの頻度で立ち寄る場所。私服だとわからなかったけれど、いつも夜の時間帯にレジにいるアルバイトさんでした。
コンビニで働く彼は、好感が持てます。
無愛想ですが、仕事が早く、臨機応変で、常連のお客さまのことがしっかり頭に入っていて、例えば私がスマホ決済をよく使うことを覚えてくれています。
ほら、今も私の前のお客さまのタバコの銘柄を把握してる。シゴデキだね! 彼、推せるわー。
レジで、彼は少し気まずそうな顔をしたように見えます。昼間、同じ電車に乗っていたことを知っているのかもしれません。
泣いているのを見られたら、まぁ気まずいよね。買ったカフェラテを抽出しながら苦笑いして、次からは何も見ていなかった顔で来ようと決めます。
行かないであげてもいいんですが、最寄駅のコンビニに寄らずには生きられないしね(大げさ)。
さて、その翌日。
昨日まで持ち歩いていた本を読了したので、いよいよ彼が読んでいた小説を読むことにしたのですが、駅のホームでバッグをどんなに漁っても見つからないのです。
昨日、家でバッグから出した記憶もなく、どこで無くしたのか心当たりが全くありません。
見つからないまま職場に着き、「もう探すのは諦めて同じ本を買おうかしら」と考えていたら、レジのスタッフが「森田さん、お客さまがご用みたいですが」
レジにいらっしゃるのは、コンビニの彼です。
「いらっしゃいませ。何かございましたか?」と聞くと、彼は「昨日、店に忘れ物をしていかれたので」とぶっきらぼうに答えました。
「あぁ、私の本!!」
防犯カメラで確認して、私が忘れて行ったことがわかったそう。
そういえば、昨日、バッグにスマホがうまく入らなくて文庫本を取り出したんだった……。そしてそのまま、置いてきてしまったのです。
「わざわざお待ちいただいて申し訳ありません」と言った私に、「もともと今日、本屋に行こうと思ってたんで、ついでです」
つまり、彼も私が本屋のスタッフだと知っていたということ。
「ありがとうございます!」と頭を下げると、彼は「よく来るんで大丈夫です。ほんとについでです」
笑顔とまでは言えないけど、ちょっとだけ目の端が下がったような気がします。
今、彼が買った本はまたもや今年の話題作です。きっと普段から本をたくさん読んでいるのでしょう。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ!」
彼は、私に小さく会釈をすると、カバーも掛けずレシートを挟んで出口に向かって行きました。
「やっぱり推せるわぁ……」
私が呟くと、隣りにいた同僚が「えぇ、意外!」とのけ反りました。
いやいや、君、人は見た目で判断したらいかんのよ。
ちなみに、私の元に返ってきた本は、その日のうちに一気読み。良い読書時間でした。
【彼が買った本】
『ザ・ロイヤルファミリー』
早見和真/新潮社

ある挫折をきっかけに希望を見失っていた税理士の栗須は、馬主・山王耕造と出会い……。競馬の世界に生きる者たちの20年にわたる再起の物語。ドラマが話題の本書ですが、競馬にイマイチ興味が湧かず、未読だったのです。同じ気持ちのかた、ぜひ読んで! 競馬が分からない人も、面白く読めるなんて、物語の力ってすごい!!
『イン・ザ・メガチャーチ』
朝井リョウ/日本経済新聞出版経

「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」
次々に話題作を世に送り出し続ける朝井リョウは、令和の怪物と言って良いのでは(ゆとり世代だから平成の怪物か)。何を題材にしても、私たちの心を揺さぶってくる彼ですが、今回のテーマは”推し活ビジネス”。私も物語に操られている一人だと痛感。
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第1話いつか子どもと繋いだ手を離すのだから。
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第2話誰かと一緒にごはんを食べる幸せについて。
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第3話いくつになってもきれいになる努力をする権利はあるのだ。
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第4話世界一素敵なプレゼント
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第5話25年振りの、夫婦水入らず
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第6話新しい年は、少しだけ新しい自分で。
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第7話大人のダイエットは、健康ありきなのである。
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第8話宿題やったか?お風呂入れよ、歯磨けよ!…終わった? よし、ミステリの世界へ行ってらっしゃい!
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第9話うちの店長は声がでかい。
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第10話ある書店員の平凡な一日。
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第11話お求めの本が見つからない日だってあるのです。
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第12話大切な人の親に会いに行くなら。
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第13話離れて暮らすことになる父の健康を願って。
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第14話古い友人との再会
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第15話うちの店の仕事ができるアイドルの話。
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第16話夫に「大好き」って言えますか?
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第17話直接伝えられないけれど、あなたに読んでほしいのです。
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第18話ふたりで作る、新しい食卓。
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第19話お酒と本が大好きなのです。
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第20話天国にいる、大好きな君へ。
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第21話私にとっては大賞なんですが。
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第22話こんな自分でオッケーなんです。
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第23話平成という、パワフルで切なくて、エモい時代。
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第24話あの日のお客さまに伝えたい「絶対無くさないからね!」
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第25話いい大人ですが名刺交換がうまくできません。
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第26話楽に働くって、どういうこと?
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第27話最近、押しが出来まして。
1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。

