書店員は見た!

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この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第30話

夢に破れても、人生は続くから。

2026年1月16日掲載

 せわしない年末年始が終わり、ようやく書店はノーマルモード。店内では、お客さまがゆったりと本を選んでいます。
 お昼の休憩から戻った私が、あくびをかみ殺しながら幼児向けの学習ドリルを整理していると、後ろから「あら、眠いの?」と常連の女性か笑い混じりに話しかけてきました。
「失礼しました! お昼ごはんを食べたばかりで眠気が……」と言い訳すると、彼女は「長期休暇明けはちょっと空いてるものね。落ち着いて買い物出来るわ」と微笑みます。
 主婦の年末年始は思いのほか忙しいもの。常連さんは、成人して家を出たお子さんたちが帰省していたから、張り切ってごはんを作ったのだそう。
「賑やかで楽しかったでしょうね」と言う私に、「でも次男が来月戻ってくるのよ」
 音楽で食っていくと頑張っていたお子さんが、夢を諦め就職することにしたと言います。
 以前は「早く定職に就いてくれたらいいのに!」とおっしゃっていたのに、今日はなんだか寂しそう。
「もちろん安心はしたんだけど、やっぱりね、子どもが夢を諦めるのはちょっと切ないのよ」

 これから地下のスーパーに行くというお客さまを見送りながら、私は先日会ったかつての同僚のことを思っていました。
 新年早々に以前の同僚たちと久しぶりに集まったのは、そのうちのひとりが書店員を辞め、ご実家の家業を継ぐことにしたから。お別れ会を兼ねた新年会だったのです。
 会の主役の彼は、私の10歳近く下。実は、書店で働きながらも、ずっと小説家を目指していました。
 フルタイムで働く書店員は、もれなくハードワーカー。忙しい仕事の合間を縫って小説を書くのは、とても大変なことだと想像がつきます。だって、小説って何もない、ゼロのところから紡ぎ出すんですよ!
 物語が大好きでないと出来ないことなので、当然、地元に帰っても書き続けていくのだと思っていたら、彼は「書くのはやめる」と言います。ご両親は野菜づくりをされているそうで、「親と同じように、誇りを持ってやるつもり」。
 えー書けばいいのにー。もったいないよー。周囲の数人が励ましますが、私は何も言うことが出来ず、氷が溶けて薄まったハイボールをすすっていました。

 そして散会後、帰る方向が同じ数人のなかに、主役の彼がいましたが、なんとなく話しそびれてしまい、違う路線に乗るため階段を降りていく彼に「頑張ってね!」と声をかけただけ。
 モヤモヤする気持ちに、数日、名前をつけられずにいましたが、常連さんの言葉でわかりました。私は、ずっと応援していた人が違う道を行くと決めたことが寂しかったのです。

 翌日、私は思い立って、旅立つ友人にメッセージを送り、先日の会でお別れの挨拶が出来なかったことをお詫びしました。
 彼からは「口を開いたら泣いちゃうから黙ってるのかなと思ってた」と返信が。
 ちょうど今、引越しのための蔵書整理で、私の最寄りからひとつ隣りの駅の古書店にいると言うので、もう一度きちんと挨拶させてもらうことに。

 最寄駅の書店で文庫本を一冊、お餞別用に買い、電車で一駅。
 改札を出たところで待っていた彼に、あらためて「本屋を辞めちゃうのも、小説を書くのを辞めるのも寂しいけど、でも、頑張ってね」と伝えると、彼は「嫌々じゃないんだ」と言います。
「ちゃんと自分で決めたから、大丈夫なんだ」
 もちろん不安もあるけれど、新生活にワクワクしている自分もいるのだ、と。
 私がさっき買った文庫本を手渡すと、彼は「おぉ! これ持ってない!」と笑い、自分のバッグからも本を取り出し「古本屋に持って来たけど、森田さんに会うならあげようと思って。最近読んで面白かったから」
 思わぬかたちで物々交換になったことと、偶然ふたりとも詩に関する本を選んだことに驚き、笑い合って、そのまま改札で別れました。

 大小様々なことを決断しながら人は生きています。
 何があろうと生活は続いていくのだから、私も何かを決めたら、彼のように軽やかに一歩を踏み出したい。

「きっと歳を取ったら、俺、昔本屋で働いてたな……って楽しく思い出せると思う」

帰りの電車で、先日の飲みの席でぽろっと言った、彼の言葉を思い出します。
来年か、再来年か……、彼が作った野菜が食べられるのを、今、私は楽しみに待っているのです。

【私が買った本】

『さよならは仮のことば――谷川俊太郎詩集――』 
谷川俊太郎/新潮文庫


「僕はやっぱり歩いてゆくだろう すべての新しいことを知るために そして すべての僕の質問に自ら答えるために」若き日の作品「ネロ」をはじめ、教科書で親しんだ詩も盛りだくさん。私たちがずっと親しんできた谷川作品は、読み返すと自分の中にしっかり根付いているように感じます。きっと皆さんも同じじゃないかしら?

【彼がくれた本】

『カッコよくなきゃ、ポエムじゃない! 萌える現代詩入門』

豊﨑由美・広瀬大志/思潮社


現代詩って、あまり馴染みがないじゃないですか。めっちゃ読むよ! ってかたはごめんなさい。でも、たぶん「なんか難しそ……」と思っている人、たくさんいると思うのです。そんな人にこそ読んでほしい! もらって読んだら面白くて、人にオススメしまくりました。詩って、カッコいいよね。

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著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。