書店員は見た!

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この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第29話

イケメンの夢が暗示するものは。

2026年1月4日掲載

 気がつくと、私は高身長のイケメンと相合傘をして歩いていました。
 場所は、坂と階段が多い、東京の路地。雨で濡れた石畳が街灯で光っています。

 はて、なぜこんなことになったんだっけ。
 隣のイケメンを見上げると、顔にもやがかかったようで、はっきり見えず(でもイケメンということは分かる不思議)、話しかけてくる言葉もよく聞き取れない。

 あ、なるほど。私はピンときました。

 これ、夢だわ。

 夢と分かれば気楽なもの。夢ならば誰にも迷惑をかけず、純粋にイケメンとの相合傘を楽しめるってもんです。俄然やる気が出た私は、もう一駅歩こうとイケメンに告げました。
 あら、どこからか音楽が聞こえてくるわ。うふふ、素敵ね。でもなんだか聞いたことがある気がする。
 あ、これは……。
 うちの店が開店する時にかかる音楽だ……。

 急に現実に引き戻されたところで、アラームが鳴りました。

 おはようございます。2026年、元日の朝です。
 この初夢が何を暗示しているのか。イケメンにうつつを抜かしたりせず、今年もがむしゃらに働くようにという神さまからのお告げなのかもしれません。

 年末年始は、出版社も、取次と言われる本の問屋もお休み。つまり本が入荷してこないため、品出し作業をする必要はほぼありません。
 この時期の書店員たちは、普段行き届かない棚のメンテナンスと、これから始まるフェアの準備や発注作業をしています。

 そんなわけで、今日の書店はなんだかのんびりした雰囲気。
 そう、わたくし、年明け早々、お仕事なのでございます。(大晦日も元気に働いておりました)
 ちなみに、明日はお休みをいただいているので、初詣は明日ゆっくり行くつもりです。

 よく「年明け早々、本屋に来る人なんてあんまりいないでしょ?」と聞かれることがありますが、実は年末ほどではないものの、それなりにお客さまはいらっしゃいます。今日も店内には、お年玉袋や図書カードを手にした子どもたちや、モールの初売りにいらっしゃったご家族連れ……。

 ところが、平和に1日が終わりそうな予感に包まれた、17時過ぎ。
 お電話でお問合せをお受けしたことで、雲行きが変わってまいりました。
 お客さまがお探しなのは、絵本の新刊。年末に発売したもので、データを見るとなかなかの売れ行き。在庫は残り数冊となっています。
 ところが、データが示す棚を見ても見つからず、他の心当たりを見て回っても出てきません。
 あいにく担当者はお休みで、電話口で「明後日プレゼントしたいから、明日買いに伺いたいわ」とおっしゃるお客さまに「お探して、見つかり次第折り返しお電話をいたします」と、一旦電話を切りました。

 本が見つかったら、そして見つからなくても、早めにご連絡をしなければなりません。
 退勤までの1時間、他のスタッフを巻き込んであちこち探し回りましたが、やはり見つけることは出来ず。
 そろそろお客さまに残念なご連絡を差し上げなければ……と考えながらレジのフォローに入ると、お会計にいらっしゃった女性が、まさに探している本をお持ちになったのです!
「お客さま、この本、どこにございましたか⁉」
 レジから身を乗り出した私の迫力に、女性は心持ち後退りしながら「児童書の一番奥の…幼児向けドリルとの境くらいにありましたよ」
なんて的確な説明!!
私は「ありがとうございます!!」と深く頭を下げると、後ろにいたアルバイトの男子に「取ってきて!!」と指示を出しました。
「失礼いたしました。探している本だったので、とても助かりました。それではお会計させていただきますね」
 にこやかに対応しましたが、女性は先ほどの私の勢いに引き気味です。申し訳ないことをしてしまいました。

 でも見つかって良かった。
 これで心置きなく、明日のお休みを迎えられるってもんよ。

 さて、翌朝。
 午前中のうちに初詣に出かけ、せっかく外出したのだから、と家の近くの本屋に寄ることにしました。
 毎日仕事で本屋に行くのに、休みの日にまで本屋に行くとはこれ如何に。
 おそらく、世の中の書店員の方々も、同じような行動をとっているのではないでしょうか。他店の陳列は参考になるし、新刊の動向なども他店の様子で分かるのです。

 さて、今日はどの本を連れて帰ろうか。ジャンルも問わずに棚をふらふらと見ていると、昨日の私のように本を探している店員さんを見かけました。

 すらっとした長身の男性のお客さまと「ないですねぇ」「ええ、この辺りだと思うんですけど……」と会話しています。
 男性が手にしたスマホの画面には、本の表紙の写真が。隣りにいたので、見るともなしに見えてしまったのですが、私、先程その本を別の棚で見かけたのです。

 お節介とは思いつつ「あの……すみません、スマホの画面が目に入ってしまって。そちらをお探しでしたら、向こうの棚にありましたよ」と声をかけると、店員さんが「あら!」と目を丸くしています。
 その顔を見て私も「あら⁉」

 店員さんは、昨日レジにいらっしゃったお客さまでした。
 どおりで、棚の位置を伝え方を心得ているわけです。
 男性は無事に本を手にして、「ありがとうございました」と微笑み、爽やかにレジに向かいました。

「イケメンでしたね」
「ね。ほんとに」
 店員さんと小声で言い合います。
 私は、彼の後ろ姿に既視感を覚えました。
 なんだか初夢の人に似ている気がしないでもないのです。気のせいかしら……。

 店員さんと、「ありがとうございました」「いえいえ、こちらこそ」と、お互いにぺこぺこと頭を下げて、「ではまた」の声が揃い、笑い合います。

 何冊か本を買って、足取りも軽く家路につきました。
 実は私、明日もお休みなのです。買った本、全部読んじゃおうっと。

 今年もたくさんの本と出会える一年でありますように。
 そして、本とお客さまを繋ぐ役割を、今年もしっかり担えますように。

 皆さま、今年もたくさん書店に足をお運びくださいね!

【私が買った本】


『ちとせ』 
高野知宙 著/祥伝社文庫


時は明治五年、博覧会の開催に沸く京。天然痘にかかり、やがて失明する運命にある、三味線弾きの少女の葛藤と成長を描いた感動作。なんと作者は、当時17歳の高校生! 高校生が描く時代小説とは一体⁉ と手に取ったのですが、これが思っていた100倍素晴らしくて! 瑞々しい描写に震えました。

『富士日記(上) 新版』
武田 百合子 著/中公文庫


昭和30年から40年頃の作家とその妻、富士山麓での13年間を綴った日記。
著者の百合子さんは淡々と綴っている日記の内容の奔放さよ。何より、ずっと読んでいたくなるような、不思議な魅力のある文章で、くり返し読みたくなります。再読しようとしたら見つからずまた買いました。未読ならば、ぜひおすすめしたい一冊です!

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著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。