自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。
あえて甘えさせるという育児のぜいたく
先日、デッキのひさしの樋(とい)のそうじをした。昔は一人でやっていたが、手や指の力がなくなったのか、よく失敗するようになった。(集めた木の葉や泥を、デッキにどさっとこぼしたりする。)なので、このごろは妻に手伝ってもらっている。手伝うといっても、ときどき足台を支えてもらう、ゴミ袋を渡してもらう、道具を受け取ってもらう、などである。必要になったときに、足りないものを取ってもらうぐらいのヘルプである。近くにいてもらうと、なにかと心強いので。
今回は、つつがなく掃除が終わりに近づき、はずしてあった縦の部分の筒を戻したら完了、というところまでいった。妻は、もう手伝うことはないなと判断して、少し離れたところに行ってゴミをまとめたりしていた。ところが、なぜか最後の段階で私の手がすべって、樋の縦の部分の筒を地面に落としてしまった。それで筒の一部がゆがんでしまい、それを直すのにすこし手間取った。もう少しで全部うまくいくところだったのに、結構がっかりした。100点が90点になったような気分だ。
すべてが終わったところで、妻が「最後に落っことさへんかったら、完璧やったのになぁ」と言った。「誰かが支えてくれてたら、あんなことにはならなかったんやけど」と私はポツリと言った。言いながら、いやいや他人のせいじゃないやろ、とわかっていたのに。「え?ってことは私のせい?」と妻は言った。昔なら、そこからバトルになっていたのだが、年の功で妻は、昔とは心の安定度が桁違いである。彼女はにっこりして、「まぁでも、疲れたときって、そうやって誰かのせいにしたくなるよね」と笑って言った。その通りで、私はまさに、自分のせいでうまくいかなかったことを、妻のせいにすることで、落ち込んでいた気分を、少し引き上げたのであった。面倒くさい人間である。まあ弱音を吐いたわけである。こうして書いてみると、甘ったれた夫である。
子どもが小さかったころ、公園でよく、自転車に乗る練習をしたり、リフティングをしたりしていた。それを見守っていると、子どもはこちらに向かって言う。「父さん! ちゃんと見といてよ!」と。しかし、ずっと見ておくことはできないので、そのうち目を離してしまう。すると、そういうときに限って、子どもは派手に転んだりする。あと1回で新記録というところでリフティングを失敗したりする。
「見といてって言ったやん! 見てくれてへんから、転んだやんか!」とか「父さんが見てへんから100回できんかった〜!」そう言って子どもは泣く。「自分のせいやろ」などとは言わず、「ごめん、ごめん、今度はちゃんと見とくから」と、私はただはげます。しばらくしたら泣きやんで、また自転車に、サッカーボールに、子どもは向かっていく。
一時的にせよ、自分の感じたつらさ、現実から受けるストレスを親のせいにすることで、少しだけでも軽くしようとしているのだ。親がそう思うことができれば、ぜいたくに子どもを甘やかすことができますね。ああいう時間の、なんと甘美だったことか。そのときには、それほど甘いと思えなかったけれど、もう二度と味わえない素敵な時間だった。
もしもあなたが子育ての真っ最中で、こういう状況で子どもが甘えてくることがあったら、その甘美さを味わうことをぜひお勧めします。何かうまくいかなかったときに、子どもが理不尽にあなたのせいにしてくる。たとえば、お弁当のおかずが、頼んでおいたものと違うから、競技で勝てなかったとか、着たかった服が洗濯できてなかったから、合唱コンクールでうまく声が出なかったとか。自分がつらかったことを、子どもは乗り越えようとして、親に甘えたいんだなと、そこまでわかったうえで子どもを甘やかせてみてはどうでしょう。
子どもは、おかしいことを言っているんです。自分のせいでうまくいかなかったのに、親のせいにしているんです。でも、そういう仕組みをすべてわかったうえで、あえて親は自分を守らないんです。「ごめんね、残念だったね」とやさしく子どもに言ってみる。理不尽にも親のせいにして自分のつらさを小さくしようとしている子どもを、受け入れてみるのです。なんとも甘い親ですね。でも、これってなかなかぜいたくな育児だと思います。
保証はできないんですが、すこしぐらいそういうことをしたからって、そのために子どもが弱くなってしまうということは、ないんじゃないかなぁ。そうやって何度か親に甘えたからって、その子どもが、大人になってなんでも他人のせいにするような人間になる、なんてことはないんじゃないかなと思います。
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第1回小言を言わないということ
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第3回誰が息子に現実を教えてくれるのですか
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第4回子どもを本当に励ます言葉
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第5回今のままではダメなんですか?
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第6回乾燥機は使わないで
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第7回ある幸福な一日
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第8回吹雪の中を
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第9回この子はどんな形の木になるのだろう
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第10回鼻クソを拭かせてください
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第11回徳島で一番の蕎麦
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第12回迷ったり悩んだりするあなたを信じます
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第13回なぜ子どもが話をしてくれないのか
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第14回孫もワンオペ
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第15回誰の気持ちが中心になっていますか?
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第16回これだってすごくジェンダーな状況だよ!
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第17回お父さん!お母さん!キャンプに行きませんか?
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第18回規則正しい生活
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第19回子どもの成長を尊いと感じること
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第20回とうちゃんのようになりたいと思います
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第21回娘が家にお金を入れない
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第22回お父さんをどうしたらいいでしょう?
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第23回結果ばかりにこだわる子ども
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第24回山空海温泉のこと
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第25回子どもの機嫌をとることへの罪悪感
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第26回ごはん一杯おかわりするならゲーム15分
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第27回理由も聞かずに味方になる
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第29回子どもを叱るとき暴力はダメ
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第30回「豚の珍味出てる」というLINE
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第31回ゼッケンは毎年、つけ替えること
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第32回反抗期を長引かせる方法
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第33回この不幸を手放したくない?
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第34回あえて甘えさせるという育児のぜいたく
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。