子育てに迷う

もくじ
この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第32回

反抗期を長引かせる方法

2024年11月22日掲載

反抗期に関して質問を受けました。中学生の息子さんが汚い言葉を親に対して使ってくることがある。そういうときに、どう返したらいいですか? どう接したら息子の反抗期を早く終わらせることができますか? そういう質問でした。彼女は30代後半の母親です。

聞いていくと、息子さんが「反抗」するのは、彼女が心配して声をかけたときのようです。外出するときに「その格好では寒いんじゃないの? なにかもう一枚着て行ったほうがいいよ」と彼女が言う。返事をしないから、聞こえなかったのかなと、大きな声でもう一度言う。2、3回言うこともある。そう言うときに、「うっさいねん!」などと怖い声で言うのだそうです。

「息子さんは、子ども扱いされるのが嫌なんやと思いますよ」と僕は返しました。これまで親と子、守る側と守られる側、そういう縦の関係だった。それが思春期に入ってくると、大人と大人、対等な仲間としての関係に変化していく。それなのに、小さい子どもを心配するように、着る服のことなんかを言われると、放っておいてほしいな、と感じるでしょう。もちろん、たいていは親の判断は合っていて、薄着で出た子どもは外で寒い思いをしたりするのですが、大事なところはそこじゃないんです。

子ども扱いすると、子どもも「子どものような」反応をするでしょう。不快に感じたら、怒ったり、泣いたり。場合によっては暴れたり(壁を壊すのは定番)。体は大きくなっているのに、気持ちが子どもになって暴れたら、物は壊れやすいですね。なので、寒い思いをしそうだな、ということよりも、自分の服は自分で選ぶ歳になったんだな、と思って辛抱すると、親子の関係は変わっていくと思います。

それはなかなか寂しいことではあります。親にとっては。逆に言うと、いつまでも幼いままにしておきたいと思うなら、そのように扱えば(いろいろとアドバイスをし続ければ)、子どもは子どものようにふるまう期間が長くなるでしょう。反抗期を長くすることができるでしょう。

以前、子どもの反抗期に関して、取材を受けたことがありました。その記者さんは30代後半の女性でしたが、僕がこういう話をしたら、スマホの画面で、離れて暮らしている母親からのLINEを見せてくれました。
「◯◯ちゃん、今日は関西は雨模様らしいから、傘を忘れないでね(はーとまーく)」
ワタシ、こういうのが来たら、なんかすっごくしんどい、重い気分になってたんですが、理由がわかった気がします、と彼女は言いました。

逆に親の立場の話も聞いたことがあります。50代の女性です。離れて暮らしている娘さんに、大事なことを忘れないようにとLINEをしてあげたのに、うざいと嫌がられたという話でした。「明日は歯医者の予約よね?」とか、「保険の書類の提出は今月末って言ってたけど準備できてる?」など。なんで、そんなに娘さんの予定をよく知ってるのか、と僕は尋ねました。自分は嫌になるぐらい記憶力がいいのだと彼女は答えました。覚えようとしていないのに、一度聞いたら娘のいろいろな予定も、付き合っている相手の誕生日も、忘れないのだといいます。
歯科受診は3ヶ月ごとの第1週の火曜日だとわかっているので、毎回近づいたらLINEしてしまう。嫌がられるとわかっているけど、これまでも娘は、大事な用事を忘れて困ったことが何度もあった。私は気がついているのだから、それを注意してあげないことを不親切だと感じる。大袈裟に言えば、親の役目を放棄しているように感じる。そう彼女は言っていました。

歯医者の予約を忘れる(ちょっと困る)、免許の書き換えをし損なう(かなり困る)。でも問題はそこではなく、大人になった子どものことをいつまでも心配し続ける、気にかけ続ける姿勢にも、どこか問題があると僕は思いました。子どもを頼りないままにしておく。頼りない子どものイメージを持ち続ける。そうすることで、親としての自分の存在価値も保ち続けることができる。ちょっと意地悪に言うとそういうことかもしれません。そこまで意識していないのでしょう。それだけに意識的に止めることが難しいのだとも言えます。

最初の話にもどります。反抗期を早く終わらせるにはどうしたらいいですか?という質問をした母親に、反抗期が終わると、子どもはどうなると思っていますか?と聞いてみました。「それは考えてませんでした」と彼女は言って、少し考え、「なんとなくもとの素直なあの子に落ち着くイメージなんですけど……違うんですか?」と言いました。もとの素直なあの子に戻って、「そのシャツはちょっと派手なんちゃう?」と彼女が言うと、「はーい」と返事して、着替えて出ていくようなイメージなのかな、と僕は想像しました。

もうすぐ60歳になる自分ですが、しばらく髭を剃っていないと(今がまさにそうなんですが)、「シゲキ、髭ぐらいちゃんと剃りよ」という、もう何年も前に亡くなった母親の声が聞こえる気がします。

もくじ
著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。