子育てに迷う

この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第27回

理由も聞かずに味方になる

2024年10月18日掲載

「学校に行きたくない」とお子さんがいいだしたときは、ぜひともその言葉を受けとめ、理由も聞かずに味方になってあげてください。

『もう不登校で悩まない! おはなしワクチン』(びーんずネット)のなかで蓑田雅之さんは、このように書いておられます。「理由も聞かずに味方になる」というフレーズがすばらしいと思いませんか。理由がどうだろうと、まずは、子どもの味方になる。無条件ということです。子どもの立場にたって想像してみてください。子どもからしたら、こんなに頼もしいことはありません。「よく話してくれたね。お父さんは(お母さんは)あなたの味方だよ」と、まず言ってくれる。「味方になる」というのは、「すぐに言うとおりにする」のとは違います。すぐに「休んでいいよ」というのではないのです。まして「そんなこと言わずに行きなさい」というのでもありません。理由を聞き出して、それを解決して、学校に行きたくなるようにしよう、というのではないのです。いろいろなことをしようとする前に、まず、つらい気持ちで、ずっと悩んできた子どもが、やっと勇気を出して打ち明けることができた。その子どもの気持ちに共感するということです。具体的には、さらに話してくれるのであれば、子どもの思いをしっかり聞くことです。

あるところで講演をしました。講演後に、参加されていたAさんという方から、メールをいただきました。

ーAさんからのメールー
私事で大変恐縮なのですが、御礼が言いたくてメールをさせていただきました。
ちょうど先生の末のお子さんと我が子(双子の男子なのですが)は同じ年齢です。シングルで子育てをしていたこともあり、親としての決断に迷うたびに先生の『子どもを信じること』を読み返しておりました。
その双子のうちの一人がなんとか大学に入ったものの、5月には大学に行かなくなりずいぶん悩みました。向き合って話してみると、本人は自分のことをよくわかっており、これは時間をかけて本人が決断するのを待つしかないと感じました。

この8月に「おかん、ご飯食べに連れて行ってくれ」と言われました。お店でメニューを広げたとたん、「俺、大学やめる。やめて働きたい。自分で働き先も見つけてきた」と言いました。

母親としては、本当に複雑でたくさんの葛藤がありました。双子で1000gで生まれ、はらはらしながらここまで育ててきたことが次々に頭をよぎりました。でもやっぱり「子どもを信じよう」と思い、「あなたのどんな決断も私は信じる。思うように精一杯やってみなさい」と返事をしました。

学校の教員をやっていると、自分の子育ての中でも先読みをしすぎたり、どこかで自分が思うように誘導してしまったりすることがあったのだと思います。
18歳になり自立しようとする息子に、母親として手を離すという子育てをした時間でした。これでよかったのか、答えは分かりません。でも、信じてやりたかったんです。失敗をさせることを恐れるのではなく、失敗した時に立ち上がるところを支えたい、というのが私の子育ての軸だと思い、今日までやってきました。彼が自分の力で歩んでくれることを見守りたいと思います。

ー私からの返信ー

>失敗をさせることを恐れるのではなく、失敗した時に立ち上がるところを支えたい、というのが私の子育ての軸だと思い、今日までやってきました。

河合隼雄先生が書かれていた話を思い出しました。それはこんな話です。

……私はかつて、ユング派の分析家、アドルフ・グッゲンビュールの「友情」についての講義を聞いたときのことを思い出す。そのとき、彼は若いときに自分の祖父に「友情」について尋ねてみたら、祖父は、友人とは、「夜中の十二時に、自動車のトランクに死体をいれて持ってきて、どうしようかと言ったとき、黙って話に乗ってくれる人だ」と答えた、というエピソードを披露してくれた。
 これは極めて具体的でわかりやすい。この具体的な例は、いつどんなことがあっても、と一般化できるし、もう少し具体性をもたせて、「どんな悪いことをしたとしても」と言えるかもしれない。ここで、「かくまってくれる」と言わず「話に乗ってくれる」と言っているところが注目すべきところだ。しかし、わざわざ「黙って」とつけ足しているのは、疑ったり、怒ったりせずに、ともかく無条件に話に乗ろう、ということだ。つまり、深い信頼関係で結ばれているし、話に乗って何とかしよう、という姿勢も感じられる。

『大人の友情』河合隼雄著 朝日文庫 15-16ページ

決定的な瞬間に、最高の対応ができるためには、日頃から覚悟がいりますね。息子さんは、Aさんがその覚悟を持っていると信頼していたからこそ、打ち明けてくれたのだと思います。

成績が悪くなっていってやめざるを得なくなるとか、体調が悪くなっていって休むとかではない。自分から「やめたい」と親に打ち明けられた。とても健全だと思います。ちゃんと自分のことがわかっている。この先の人生をしっかり生きていくために、自分がよりよいと思うほうに進んでいこうとしている。

「失敗した時に立ち上がるところを支えたい」と書かれていますが、「失敗」じゃないと思いますよ。成功の始まりですよね。とても感動的なお話を、お知らせくださって感謝します。

可能であれば、これを原稿に書かせてもらえませんでしょうか。個人名、地域だけでなく、双子であるとか、シングルで子育て、などの部分も変更します。もちろん、断っていただいても、全然OKです。僕が、こういうことを書くのは、似たような状況にある親を、励ますことになるからです。

ーAさんからの返信ー
先生のメッセージ、胸がいっぱいになりました。私はまた、ここからやっていけそうです。

高校も大学も遅刻ばっかりだったのに、働きだしたとたん毎日6時に起きる息子に、本人なりの気合を感じ、「いってらっしゃい」「おぅ」のやり取りを楽しんでおります。

添付していただいた河合先生の「友人」お話、この短いストーリーの中に信頼関係の大切な部分が見事に書かれていて息子が「やめたい」と打ち明けてきたシーンに重なりました。

先生、どうぞ原稿にお使いください。できれば、シングルであることや双子であることもそのままお使いいただけませんか? 私と同じように周囲に力を借りることはできても、決断の部分を一人でがんばっているシングルの方がたくさんいると思います。私も先生のお考えと同じように、どこかで悩まれている方の気持ちが少しでも楽になるお手伝いができれば幸いだと思っております。

ー私からのメールー
ありがとうございます。

>本人なりの気合を感じ、「いってらっしゃい」「おぅ」のやり取りを楽しんでおります。

自分で選んだ道はがんばれますね。自分で選ぶというのは厳しいことですね。
お言葉に甘えて、紹介させていただくようにします。

>周囲に力を借りることはできても、決断の部分を一人でがんばっているシングルの方がたくさんいると思います。

そこは思い至りませんでした。一人で決めることが求められるんですね。お母さんが一人でがんばってくれていることが、わかるからこそ、大学をやめる決心は、息子さん、なかなか悩んだことでしょう。何度も書きますが、このSOSを親は受け止めてくれると思ったから、発してくれたのだと思います。甘えてくれた、頼ってくれた、ということだと。

息子くん、がんばれ!今後もよろしくお願いします。

著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。