子育てに迷う

もくじ
この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第43回

去っていく後ろ姿の強さ

2025年3月7日掲載

玄関を出て行ったクライエントを呼び止めようと、思わず後を追ったことがあります。カウンセリングを始めてまだ2〜3年目のころでした。

その人は育児の悩みの相談に来られていました。子どもの間違いをどう正したらいいか。どうしても伝えておきたいことが、まだたくさんあるのに。子どもは、もう自分の話を聞こうとはしない。さみしいし、やりきれない。そういう思いを、その人は話しました。

面接は、そこから進んで、自分が子育てをやり損なっている、というテーマから、自分とほかの人との関係の問題に移っていきました。友人との関係、夫との関係、自分の親との関係などです。この人は、この問題に取り組むためにカウンセリングを受けに来られたんだなと、話を聞きながら私は感じていました。

最初のころは、いつも不安そうで、小さな声で話す人でした。どうしたらいいのかわからないという感じを、常にまとっているようでした。しかし、子どものことから離れて、自分自身のことに取り組み始めると、表情は生き生きとし、声も大きくなりました。ようやく「本当の」カウンセリングが始まるような気がしてきて、私はそのクライエントと会うことを楽しいと感じるようになりました。はじめのころは、重苦しい感じだったのが、大きく変化してきました。

そういう変化が起きて間もなくのこと。その人は面接に鉢植えを下げて来られました。その日の面接では、子どもの近況を話し、初めて来たころに自分がなにを悩んでいたかを話しました。そして、残り10分ほどで、まっすぐにこちらを見て言いました。
「もう自分でやっていけると思います。ここに来るのは今日で最後にしたいと思います。これは私が育てたものです。差し上げようと思って持ってきました。受け取ってください。今までありがとうございました」

その回で終わりになると、私はまったく思っていなかったので、動揺しましたが、それは言葉には出しませんでした。そして、(なんと言ったか、思い出せないのですが)あいさつをして、面接は終わりました。その人が、受付の人と話す声が聞こえていました。そして、自動ドアの音がして、その人が出て行ったことがわかりました。

私は、正直なところ、これからようやく本当の問題に取り組んでいこうというところなのに、これでいいのだろうかと、釈然としない、どこか中途半端な気持ちになりました。思わず、診察室を出て、足早に(走りはしませんでした)その人を追いました。自動ドアが開いたところで、道路を見ると、その人はすでに数十メートルほど先を、どんどん歩いて遠ざかっていました。元気な、快活な力を後ろ姿から感じました。

自分がその人を呼び止めて、何を言うつもりなのか、私は玄関の前で立ち尽くして考えました。
「また何か困ったことがあったら、いつでも来てください。話を聞きます」
自分はそういうつもりだったように思います。しかし、そんなことは、言わないでも当たり前のことです。そこで、冷静になることができて、私はドアから中に入ることができました。

待合室に戻った私に、受付の人が言いました。
「あの人、今日で面接は終了なんですね。そんな感じでしたよね。表情も明るくなったし、お化粧も髪型も最初のころと全然違う感じ。服の色もすごく明るくなりました。よかったですね」
面接が終わりに近づいていることに、カウンセラーはなかなか気がつかない。受付の人のほうが、クライエントの変化をしっかり認めている。だから面接がもう終わりだとわかる。カウンセリングの本などに、そういうことが書かれています。まさに、その体験を、私はそのときにしました。自分がクライエントに捨てられたような気さえしました。それは、そのクライエントが最初のころに嘆いていたこととそっくりです。自分にはまだ子どもに伝えなければならないことがあるのに、子どもはもう自分の言葉を受け取ろうとしない。もう自分のもとを離れて行ってしまう。子離れの時期が来ていることに、気がつかないのは親だけだ……という感じでしょうか。

子育てにおいても、このような別れの気分を私は何度も経験しました。誠実に大切に言ったつもりの意見を、子どもは受け取る気がない。まだ親として、幼いわが子、未熟なわが子に、伝えるべきことがある。守ってやらないといけない。しかし、子どもは、もう私の言葉は受け取らず、守ってもらうことも望まない。親としてはさみしく、せつない、やりきれない気分です。そういうとき、いつも、クライエントを追いかけて玄関を出たあの日の自分の姿を思い出します。別にこれが永遠の別れというわけじゃない。この先もずっと親子であることにはなんの変わりもない。でも、ある関係が確実に終わったことは認めないといけない、ということを。

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著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。