子育てに迷う

この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第18回

規則正しい生活

2024年8月16日掲載

先日講演したあとのこと。夏休みに入ってすぐのころだった。
「夏休みに入って規則正しい生活を子どもにさせたいのですが、どうしたらいいでしょうか。何度言っても夜はなかなか寝ませんし、朝起きてくるのが遅いです」
こういう質問があった。
オンラインでの講演で、チャットでの質問だったので、表情や声の調子はわからなかった。そのため、それがどのぐらい切実な質問だったのか、ただの軽い愚痴のようなものだったのか、それはわからない。うまく伝わるかどうか、自信がないのだが、その質問を読んだときに私が感じたのは、そりゃあ、たしかに早寝早起きは大切だろうけど、それを相談してどうしたいんだろうと、ということだった。本当に困っているのかな、と。

昔、知人の息子さんが、朝起きづらい、授業中に眠くて仕方がない、ということで病院に相談に行った。診察では、夜なかなか眠れないから朝起きられないのだ、という診断がくだされて、早く眠るようにと指導された。もちろんそれでもすぐに眠ることはできない。早く眠るように、などという指導は親だってずっとやってきたのだ。それでも眠れないから、朝も起きることができない。家ではあんなに快適なベッドでどうしても眠れないのに、学校では窮屈な机と椅子で、座った姿勢で、すぐに眠たくなってしまう。午後などは「耐え難いほどの眠気に襲われる」と息子さんは親につらそうに話すという。

結果、病院では睡眠障害という診断になり、睡眠薬が出された。それを飲んで夜早く眠って朝起きられるように、と。そして学校では眠たくならなくてすむように、ということだった。その後どうなったのかしばらくして聞いてみると、「夜は眠れるようになったものの、学校でも眠たいという状態が続いている」と言っていた。

高校生が授業中に眠たくなる、というと、こういう話も思い出す。私の家の近くに公立の進学校がある。駅からその学校までたくさんの高校生がつながって歩いて私の家の前を通る。1時間目の前に毎日ショートテストがあるのだそうだ。みな、スマホや本を見ながら通っていく。テストに出るところを詰め込もうとしているのだ。息子の友人でその高校に通っているY君に話を聞いたことがある。
「朝のショートテストが終わったら、1時間目には3人に1人ぐらい、寝はじめる。2時間目、3時間目になると、半分は寝てる。午後、5時間目は科目にもよるけど、ほとんど全員が寝てると思う。オレも寝てるから、正確にはわからんけど」
少し、調子に乗って話を盛っているかもしれないが、それでも、たくさんの高校生が、せっかく電車に乗って遠くから学校にやってきてグーグー眠っているということが、何かもったいないような、何かのどかなほのぼのとしたものを感じた。少なくともYくんは、授業中に眠ってしまうと悩んではいなかった。「授業中に寝て、先生に叱られん?」と聞くと、「平気っすよ」と明るい。「オレ、夜型なんで」そう、さわやかに答えたのだった。

こうして、Yくんの話を思い出して書きながら、自分の高校時代の教室の風景を思い出した。私は徳島市立高校という高校の理数科クラスだった。クラスは40人で、進学クラスなので、みな基本はマジメだった。でも、午前中から、みなよく眠っていた。Tくんという友人は、しょっちゅう遅刻してくるのだが、遅れて入ってきて、席に着いたと思ったら、もう眠っているということがよくあった。どうやって自転車で家からここまできたのかと不思議だった。

今でもよく覚えているのは、古典のT先生。先生が素敵な声で漢文や古文の教科書の読み聞かせをしてくださる。すると、催眠術をかけられたように眠気がやってくる。(催眠術をかけられたことがないので、この例えは不正確だが。)クラスの友人たちは次々と眠りに落ちていく。漢文の授業が5時間目だったりすると、そして春や秋で気候が申し分なく、窓からさわやかな風が入ってきていたりすると、もうどうにもならない。後ろの席から眺めると、ほぼ全員が眠っている。そういうことがよくあった。眠っている仲間たちに向かって、T先生が朗々と、少し声を落として(眠りを妨げないように?)、漢文を読んでおられた。素敵な光景だった。ほぼ全員が寝ているとき、なぜか目が覚めていて、先生と目が合ったことがある。先生はニッと笑顔になられた。なつかしの徳島市立高校。今であれば、あの徳島のクラスの仲間たちは、みんな睡眠障害と診断されるのだろうか。不眠症のお薬を飲むのだろうか。高校生だった自分にとって、友人たちにとって、授業中に眠るのはよくあることだった。夜更かしするのも当たり前だった。深夜ラジオを聴いたり、勉強すると言って友人の家に行って好きな子の話をしたり(今で言う、コイバナですね)。

話を戻そう。オンライン講演のあとで質問をしてきた親だって、中学生や高校生のころ、夏休みは不規則な生活をしたのではなかったか。授業中眠くなったのではなかったか。それは自然なことだ。でも、親になったら、子どもが授業中眠くてどうしようもないと言うと、病気ではないか、と悩んでしまう。病院で薬を出されるほどの問題になっていく。

夏休みになって、子どもが夜なかなか眠らず、朝もなかなか起きてこない。それは表面的には、建前としては、親として悩ましいということは、もちろんわかる。でもよく考えると、本音で考えると、学校に行かなくていいわけだから、夜は起きていていいし、朝は寝たいだけ寝てもいいよね、と思うのではなかろうか。そして、そういうふうに考えて、子育てをするのってダメなのかなぁ、と。チャット画面の質問に、そう答えたくなった。でも、うまく伝わらない気がして、そうは答えなかったのだが。

今、こうして文章を書きながら、T先生の朗読が心によみがえってきて、心地よい眠気につつまれています。おやすみなさい。

著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。