子育てに迷う

この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第22回

お父さんをどうしたらいいでしょう?

2024年9月13日掲載

小学6年生の女の子からの質問

先日、あるところでオンライン講演を行った。そこでとてもうれしいコメント(質問)をいただいた。なんと小学6年生の女の子からの質問で、お母さんがチャットに書きこんでくれたものだった。

一緒に聴かせていただいてる小6の娘からの質問です。
「お父さんがこういうためになるお話を聞いても、『それはその人のことだから俺らには関係ないだろう』と言うばかりです。どうしたらいいでしょう?」

(私の返答)
過去にいただいたすべての質問やコメントの中でも、ベスト5に入るほどのうれしいコメントだと思いました。
お父さんをどうしたらいいかについては、僕にはなんとも答えられません。
「どうしたらいいでしょう?」と、カウンセリングで聞かれても、「こうしたらいいですよ」と返すことは、まずないのです。できないのです。あなたの状況をいちばん知っているのはあなただから。なので、もしあなたがカウンセリングに来られて、この質問を僕にしたとすれば、「あなたは、どうしていくつもりですか?」ということを、僕のほうから逆に質問して、そこから一緒に考えていくことになるかなぁ、と思います。

でもそれよりも、まずは、あなたのこの質問が、僕にとってどれだけうれしいものであるか、どれだけ励まされるものであるか、それを、ちゃんとあなたに伝えたいと思います。ありがとうございます。小学生のあなたが、「ためになる話」だと思ってくれたということ、そして、それを、わざわざ伝えてくれたということが、すごくうれしいです。

この人に聞いてみようと、思ってもらえたということが、なんというか、誇らしいです。あなたが(勇気をもって、もしくは、面倒くさがらずに)、反応を送ってくれたということが、私をすごく幸せな気持ちにしました。今後も、もうしばらく、こういう講演を続けていきたいと、今思いました。

お父さんをどうしたらいいかについては、申し訳ないのですが、私には(自分でも残念なことですが、かっこうつけて言えば、ジクジたる思いですが)なにもいいアドバイスがありません。しかし、あなたの質問の言葉と、質問をしてくれたその行動は、どれだけ私を励ましたか。ありがとうございます。

過去のベストコメント

ちなみに、今までにいただいたコメントのなかでベストのコメントは、京都府の北部の小さな町で講演したときにいただいたものです。自著『去られるためにそこにいる』にも紹介した話ですが、ここでも書いておきたいと思います。その数年前にも同じ場所で講演をしました。そのときもそのご夫妻は来てくださっていました。講演のあとの質問が出尽くしたところで、奥様のほうが挙手されて、次のようにコメントをくださいました。

「当時、私たちの息子は中学生で不登校でした。私と夫はなんとか学校に行かせようと四苦八苦しておりました。でもあのときに講演を聞いて、子どもを動かそうとするのをやめました。そこからほとんど3年間、子どもは家からも出ないような暮らしでした。その後、自分で通信制の高校を見つけてきて通いはじめました。今年から大学生になって、家を出て一人暮らしをしています。夏休みに帰ってきたとき、子どもが私たちに言ったんです。「あの3年間、何も言わずに僕を家にいさせてくれたやろ。あの3年間のおかげで僕は人間になれたんやと思う。ほんまにありがとうな」って。それを一言報告したくて、今日は来ました」

その光景を今思い出しても、胸が熱くなります。私の臨床の原点になったコメントでもあります。こういう言葉は映像の記憶のままで、宝物としてこころの中にずっと生きています。自分自身の子育ての苦しいときや、カウンセリングの困難な場面などで、私を支え続けてくれています。

著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。