子育てに迷う

この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第5回

今のままではダメなんですか?

2024年3月8日掲載

保健室にいつもいる生徒

先日、養護教諭の先生方の研修会に参加しました。そのなかで、ある若い先生が、保健室によく来てずっといる生徒の話をされました。

その生徒は、登校するとすぐ保健室にやって来て、ほぼ一日中そこにいるそうです。うながしても教室に行こうとしません。担任はベテランのやさしい先生。その担任が保健室に生徒を迎えにくると、生徒はベッドの下に隠れたりする。あるとき、担任が「なんであなたは教室が苦手なの?」と聞いたら、生徒は「自分は人と話すのが得意じゃないから」と答えたそうです。ただ、スクールカウンセラーとはよく話をしているようです。そこで担任は、スクールカウンセラーに「あの生徒が人と話すのが苦手じゃなくなるように、SST(ソーシャル・スキル・トレーニング)でも、してやってもらえませんか」と頼んだそうです。(ソーシャル・スキル・トレーニングとは、まあ言えば、相手とコミュニケーションするコツを練習したりすることです。)
それに対して、そのスクールカウンセラーは、「今のままではダメなんですか?」と聞き返しただけだったそうです。そして、そのあともいっこうにSSTをやってくれている様子がない。担任の先生は、そのスクールカウンセラーに不満をもっているとのことでした。

養護の先生は、生徒やスクールカウンセラー、そして担任の先生の間にあって、自分はどうしていくべきなのか、それを悩んでおられました。担任の先生と一緒になって、生徒を保健室から追い出すのは、少しかわいそうな気がする。その子は家でも居場所がないかもしれないと思うので。不登校にさえなれなくて、仕方なく学校に来ているかもしれないから。しかし、だからといって、そうやって「甘やかす」ことは、本当に生徒のためになるのか。もしかしたら、生徒に対して自分はやるべきことから逃げているだけではないのか。

わかりやすい不満

それを聞きながら、私はいろいろなことを考えました。まずこの養護の先生は、とても誠実な方だと思いました。まだ若い先生でしたので、おそらくはだいぶ年上の担任の先生に言われることに対して、こうして疑問を持って自分の立場について考えるということは、なかなかできることではありません。それは自分に置き換えてみるとわかります。職場で上からの要求に、踏みとどまって考えたりすることがどれだけ大変なことであるか。

担任の先生の不満もよくわかる気がしました。教室に入れなければ、その子どもは授業が受けられない。学校に来るのは勉強するためなのだから、教師や学校のスタッフはその子が教室に入れるようにしないといけない。「スクールカウンセラーの仕事は、その子が教室に入れるようにすることでしょ。対人関係が苦手なのであれば、それを克服できるようにすることでしょ。なんでしないんですか?」というわけです。さらに言えば、「そうしないと、この子はもっと上の学校に行っても、社会に出ても、うまくやっていけないじゃないですか」。そう思っておられるかもしれません。この生徒の親も、同じように思っていることでしょう。もしかしたら、その子ども自身も、ずっとそうやって自分を責めてきているかもしれません。

学校の味方、子どもの味方

ここでカウンセラーが、担任に言われるままに、どうやって教室に入れるようにするか、あるいは、子どもをどう改善(改造)するか、に取り組んでしまえば、それは子どもの味方というより、先生の(学校の)手先になってしまうでしょう。

人と話すのが苦手な人と向き合ったときは、その苦手をすぐに取り除こうとするのではなく、まずは、その人がどう感じているか、その人の心の世界に気持ちを寄せる。カウンセラーという仕事をしている人なら、まずはそちらに取り組むと思います。そういう関わり方、世間にある普通の関わり方とはまったく違う人との付き合い方。そこにこそカウンセリングの力は発揮されてくる。そう信じているから、この仕事をしているはずです。

少なくとも私はそう考えていますから、そのカウンセラーは本当によくがんばっていると思いました。子どもに寄り添おうとしている。そして子どもにはわからないところで、先生の要求に堂々と立ち向かった。子どもの味方をした。先生たちから(学校から)は、役に立たないカウンセラーだな、と思われることを重々承知しながら。

はりぼての力、借りてきた刀

自分から求めたのではなく、仕方なく学ばされて、「人と上手に話す技術」みたいなものを、もしも身につけられたとして。はたして、この先どこまで、それでやっていけるでしょうか。押し付けた大人は、子どもにどこまでやっていかせるつもりなのでしょうか。先生たちも忙しくて余裕がないこともよくわかります。少し前にも、先進国の中で日本の中学校教員の勤務時間は一番長いという記事を読みました。先生方が危機意識をもって子どものことを考えて向き合っておられるというのも、直接お話を聞いてよくわかっているつもりです。

それでも、と思うのです。カウンセラーは寄り添ってくれた。だまって話を聞いてくれた。ほかの大人のようになにかを押し付けてこなかった。そのままの自分を受け入れてくれた。そういう大人と時間を過ごせたことが、この先の人生において、その子どもを支える力になる。それを信じて関わることが、カウンセラーの仕事だと私は思います。「今のままではダメなんですか?」と毅然と言い返したその言葉を思うと胸が熱くなります。その言葉には、子どもの反発や、怒り・苦しみのようなエネルギーも込められていたかもしれません。

著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。