自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。
親への感謝
あるお母さんからの相談でした。小学3年生の息子さんは毎日楽しく暮らしているそうです。ドッジボールをするために生きているような子だと言います。お母さんは、2つ上のお姉ちゃんのときには、時短勤務にして、子どもが帰ってくるときは家にいるようにしていたそうです。わりと繊細な子だったので。けれど、下の男の子は元気で友だちも多い。2人目ということもあって、自分もなれた。それで、もう時短勤務を選ばなかったそうです。弟くんには学童にも目一杯行ってもらって、6時に帰ってきているそうです。
そのお母さんの悩みというのは、「下の男の子が手のかからない性質なのをいいことに、自分は親として、充分、愛情を注いでこなかったのではないか」というものでした。息子はもう小さい子どもじゃなくなってしまう。膝の上にのってきたりはしなくなる。少年になっていってしまう。体に触れたりすることもなくなる。下の子には、上の子のようには愛情をかけられなかった。これで自分と息子との間に、しっかりした絆ができたといえるのだろうか。それが彼女の悩みでした。
僕は尋ねてみました。
「息子さんは、家でよく笑っているんでしょう?」
彼女曰く、
「それはもう、いっつも笑っています」
「ごはんも喜んで食べるんでしょう?」
「はい。私は料理は得意じゃないけれど、彼はどんな食べ物でも喜んで食べてくれます。たとえば昨晩も。夫は体重を気にしていて、炭水化物をとらないんですが、ちょうど昨晩は夫が留守でした。夫のいない夕食はなにも気にせずに作るんです。まぁ言えば手抜きなんですが、昨晩はミートソースのスパゲティにしました。ジャジャーン!ミートソーススパだよ!なんて言って出したら、わーい!と大喜びですごくたくさん食べていました」
そういうのが最高なんですよ、と僕は言いました。そうやって大好きな食べ物をリラックスして楽しく食べる時間と空間。それが絆です。家はよいところだという体験です。何の心配もないですね。それでも、子どもが大きくなっていってしまうことは、親にとっては本当に寂しいことなんだなぁと、しみじみ感じた話でした。
また別の親から聞いた話です。あるお父さんは、息子さんの野球のクラブのコーチとして手伝いをずっとしていたそうです。息子さんはがんばって6年生ではキャプテンをしていた。卒団式のときに、みんな並んで一人一人、思ったことを言う場面があるそうです。ずっと練習の服を洗ってくれてありがとうとか、試合のときにいつもお弁当作ってくれてありがとうとか、お父さんやお母さんへのお礼を言う子が多かったそうです。そして、最後にキャプテンのその男の子が話をしたそうです。なんて言ってくれるかなぁとお父さんは緊張して聞いていた。
「最後の大事な試合でヒットが打ててよかった。本当は勝ちたかったけれど、負けてしまった。でも、みんながまとまってとてもいい試合ができた。自分はこのチームで野球ができてよかった」
彼が言ったのは、それだけだったそうです。聞いていたみんなからはひときわ大きな拍手があったそうです。ただ、そのお父さんとしては、ほかの親よりもずっと多くの時間関わって、コーチも審判もやってきたのに、自分に向けての言葉がなかったから、少しがっかりしたかなぁ、という気分だったそうです。
先ほどの、息子さんとの絆のことを心配しているお母さんと似たことを、この話からも感じました。このキャプテンの男の子は、お父さんの自分への愛情を、空気のように受け取ってくれていたのでしょう。口に出して言うまでもないこと。本当に当たり前のこと。それはすごく素敵なことです。自分への感謝の言葉がなかったことを、このお父さんは、誇りに思ったらいいと思います。本当の子どもへの愛情ってこういうものだという、見本のような話だと思いました。
もうひとつ。先日、40年来の友人と会って話す機会がありました。彼女はドクターで、もうお孫さんがいます。その彼女が最近ようやくあることに気がついたと言うのです。自分は、旅行に行っても学会に行っても、いつも母親に何のお土産を買って帰ろうか、それだけを気にしている。それはおかしいことだと、不思議なことだと、ようやく気づいたということでした。もしも自分の娘や息子が、遠くに出かけたとき、親に何を買って帰ろうかと気にしているとしたら、それは親としてなんと不幸なことだろうと思ったと言うのです。それで、最近は遠くに出かけたときは、お土産は、親のために買うのではなく自分のために買うようにしている、と彼女は言いました。
「もう60歳になっちゃったけど、気がつくのに遅いことなんてないよね?」と彼女は言いました。これも先のふたつの話に関係する話だと思うので、ここに書きました。
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第1回小言を言わないということ
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第2回鼻血の教訓
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第3回誰が息子に現実を教えてくれるのですか
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第4回子どもを本当に励ます言葉
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第5回今のままではダメなんですか?
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第6回乾燥機は使わないで
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第7回ある幸福な一日
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第8回吹雪の中を
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第9回この子はどんな形の木になるのだろう
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第10回鼻クソを拭かせてください
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第11回徳島で一番の蕎麦
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第12回迷ったり悩んだりするあなたを信じます
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第13回なぜ子どもが話をしてくれないのか
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第14回孫もワンオペ
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第15回誰の気持ちが中心になっていますか?
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第16回これだってすごくジェンダーな状況だよ!
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第17回お父さん!お母さん!キャンプに行きませんか?
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第18回規則正しい生活
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第19回子どもの成長を尊いと感じること
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第20回とうちゃんのようになりたいと思います
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第21回娘が家にお金を入れない
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第22回お父さんをどうしたらいいでしょう?
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第23回結果ばかりにこだわる子ども
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第24回山空海温泉のこと
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第25回子どもの機嫌をとることへの罪悪感
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第26回ごはん一杯おかわりするならゲーム15分
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第27回理由も聞かずに味方になる
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第28回いわゆるゼロ日婚約の知らせ
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第29回子どもを叱るとき暴力はダメ
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第30回「豚の珍味出てる」というLINE
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第31回ゼッケンは毎年、つけ替えること
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第32回反抗期を長引かせる方法
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第33回この不幸を手放したくない?
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第34回あえて甘えさせるという育児のぜいたく
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第35回お話はうけたまわっておきます、という姿勢
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第36回Eテレ出演と満里奈さんとの対談
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第37回カビテ州立大学獣医学部
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第38回あけましておはよう
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第39回ちょっと待って! 寅さん!
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第40回ツメハラと世間話ハラ
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第41回おなかがすいた
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第42回親への感謝
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第43回去っていく後ろ姿の強さ
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。