自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。
娘が家にお金を入れない
ある日、スタバで聞こえてきた会話。子育てを終えたらしい2人の女性。
A:〇〇ちゃん、お勤めはじめたんでしょ、どんな感じ?
B:うん、なんか、楽しそうよ。7時には帰ってきて晩御飯いっしょに食べてる。
A:それって、アンタが作ってあげてるの?
B:そうなんよ。朝は食べていくし、お弁当も持っていくし。あの子、すごいケチなんよ。なにもお金使ってないみたいやし。ちょっとぐらい、家にお金入れてくれてもいいんちゃうって……いわへんけどな。
A:それは、いわんほうがいいよ。今は昔とちがうから。給料上がってないし。若い人は大変なんやから……。うちの子らも、なーんもお金使わんと、貯めてるよ。いつ転職するかもわからんって言ってる。運用して、FIREしたいとか言ってるわ。
B:FIREって、このごろよく聞くけど、どういうことなん?
このあとの話も、施設に入った親のこと、夫との価値観のギャップなど、たいへんおもしろかったのだが、今回はここをピックアップして書いてみたい。
Bさんとしては、働きだした子どもに、生活費や住居費を払ってほしいという思いがすこしある。でも「いわへんけどな」という言葉から、どうしてもそうすべきだ、とまでは思ってなさそうでもある。ほかの話の内容や外見から、2人とも、子どもに生活費を要求する現実的な必要はなさそうだった。
Bさんの内面を推測するに、自分の時代の「当たり前」の価値観として、学生のころならともかく、もう社会に出て(この社会に出る、という言葉もいろいろ深い言葉だが)給料をもらっているのなら、親の家であってもいくらかのお金を払うべきなのではないか、もっと言えば、払うべきだという考えを持っているべきなのではないか。そう思っているようであった。また、お金を持っているのだから、欲しいものを買ったり、旅行に行くなど、それを使えばいいのに、とも話していた。そういう(自分の時代の)当たり前の価値観を、子どもが持っていないことを、とがめるというか、心配するというか、そういうニュアンスを、Bさんからは感じた。
こういう姿勢を「保守的」と言うのだろう。伝統的な考え方や生き方を大切にしていく、生き方。最近、批判されることが多いが、新しい考え方が、たとえそれが「科学的」に正しいとわかっていても、人間の心や体は急に変われないし、急な変化は心身に悪い影響を及ぼすこともあるから、変化に対して慎重である、ということ。そういう点が、保守であることのメリットだろう。
これに対して、Aさんのほうは、進歩的である。
自分たちのころは経済が伸びていた時代で、生活は(今よりも)楽だった。一人暮らしも簡単だった。しかし現在は、物価が上がるわりには給料は上がらず、若者は、一人暮らしをするのも、結婚するのも、まして子育てなどは、経済的にとても困難になっている。そういう状況にあって、若い世代は生き延びるために、無駄使いせず未来に備えてお金を貯めている。貯めるだけでなく、運用もしはじめている。そういう状況を感じたうえで、自分の時代の価値観や当たり前を、子どもに押しつけないようにしている。そして、子どものやり方を受け入れている。子どもは、子どもの置かれた状況で、まわりも眺めながら、生き延びていくために、やるべきことをやっていこうとしているはずだ、という信頼や、リスペクトがある。
ちょっと極端な言い方をしたら、
Aさんは、子どもから学ぼうとしている。子どもの生き方を楽しんで見ている。
Bさんは、子どもを導こうとしている。子どもを守ろうとしている。
そういう感じがした。
そして、この話から、自分が得た教訓としては、今、自分が子どもに、もしくは相手に「〜って思う。いわへんけどな」と感じたとしたら、その理由は、自分がそうだったから、子どもも(相手も)そうであるべきだ、という考えからきているのではないか、と意識するくせをつけておいたほうがよさそうだな、ということであった。
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第1回小言を言わないということ
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第2回鼻血の教訓
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第3回誰が息子に現実を教えてくれるのですか
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第4回子どもを本当に励ます言葉
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第5回今のままではダメなんですか?
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第6回乾燥機は使わないで
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第7回ある幸福な一日
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第8回吹雪の中を
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第9回この子はどんな形の木になるのだろう
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第10回鼻クソを拭かせてください
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第11回徳島で一番の蕎麦
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第12回迷ったり悩んだりするあなたを信じます
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第13回なぜ子どもが話をしてくれないのか
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第14回孫もワンオペ
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第15回誰の気持ちが中心になっていますか?
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第16回これだってすごくジェンダーな状況だよ!
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第17回お父さん!お母さん!キャンプに行きませんか?
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第18回規則正しい生活
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第19回子どもの成長を尊いと感じること
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第20回とうちゃんのようになりたいと思います
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第21回娘が家にお金を入れない
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第22回お父さんをどうしたらいいでしょう?
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第23回結果ばかりにこだわる子ども
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第24回山空海温泉のこと
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第25回子どもの機嫌をとることへの罪悪感
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。