自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。
ごはん一杯おかわりするならゲーム15分
前回書いた話の続きです。家事をスムーズに進めるために、子どもの機嫌をとることに罪悪感を感じている二人の小学生の兄弟の母親からの相談でした。
夫の帰りは毎晩遅いので、彼女は夕方帰宅してから、夜寝かせるまで、二人の小学生をワンオペで育てています。子どもたちが思い通りに動いてくれるように、「罪悪感」を持ちながら、いろいろな「餌で釣って」彼らを動かしています。たとえば、「まだ明るいから外で遊びたい」と子どもが言っても、公園に行くわけにいきません。そういうときは「じゃあ、20分ゲームしていいよ」と、ゲーム機を渡すのだそうです(ゲーム機は基本、母親が管理している)。ゲームは1日1時間と決めてあるので、プラス20分という条件を提示されたら、子どもは公園に行くのを「あきらめてくれる」そうです。
そういうやり方をしてきた彼女が、これはよくないのではないか、と思ったのは、次のようなことがあったからだそうです。
上の子が少食で痩せているのを彼女は気にしています。いつももう少し食べてほしいと思っているので、食べ終わりかけていた子どもに彼女は「ごはん、もう一杯おかわりしてみない?」と言いました。すると子どもは、「食べてもいいけど、そしたらゲーム15分させてくれる?」と、聞き返してきました。
もうひとつこんなこともあったそうです。夕食の料理をしていて、醤油がきれていたので、「わるいけど、お醤油を買ってきてくれたら助かるんだけど…」と頼んだら、子どもは「買いに行ってもいいけど、20分ゲームしてもいい?」と「条件」を出してきたそうです。
「これは自分がいままでやってきたことで、それを子どもがまねするようになってしまった。どうしよう」と彼女は思ったといいます。
「それのどこが悪いの?」と私はたずねました。すると彼女は、自分がそうであったように、親に言われたら「口ごたえ」などせずに、素直にさっと言うことを聞くべきだ。自分は親に口ごたえしたり、言い返したり、ほとんどしたことがなかった。まして条件なんて出したことはない。だから、自分の子どもも、親である自分の言うことを素直に聞いてほしい、そういう子に育ってほしい、と彼女は言いました。
しかし子どもの立場からすると、自分としては十分に食べたので、もうおかわりはいらない。だけど親が望んでいるようだから、もう一杯ごはんを食べて「あげる」。くつろいでいるときに親に頼まれた買い物に行って「あげる」ことは、自分がしたいことではないけれど、相手に頼まれてやって「あげる」わけだから、タダじゃなくて、報酬を求める。ある意味で当然のやりとりです。私は、こういう子どものしたたかでタフなところが表れている話が、大好きです。
私がそう言うと、「親に言われたことを、素直に聞ける子のほうが、よいのではないですか?」と、彼女は言いました。「よい」というのは、どういうことかと聞くと、そのほうがこの先、学校でも社会でも、うまくやっていけるのではないか、という意味で「よい」と、彼女は考えているとのことでした。
でも、本当にそうでしょうか。親から(もしくは、上の立場の人から)言われたら、断ったり、自分の思いを言い返すことなく、ただただ従うという関係、コミュニケーションばかり学んでしまうのは、むしろ危険なことではないでしょうか。先生や、先輩や、仲間から、もっと先では、上司やパートナーから、なにかをするように言われて、もしもそれが自分の思いと違うときに、しっかりと自己主張ができることも大切ではないでしょうか。そして、したくないことを(しかたなく)引き受ける場合には、正当な報酬を要求できることも、大切なコミュニケーションスキルです。それを、まずは安全な家庭という環境で、親を相手に身につけていくのは大事なことでしょう。
とても面白いと私が感じたのは、彼女のあげた例で、子どもは「じゃあ、ゲームを1時間やらせて」とは言っていません。ごはん一杯おかわりするなら15分。買い物に行くなら20分。しっかりと計算しているのがわかります。自分がすることの面倒さを評価して、それに見合う報酬を提示しています。その計算には、交渉相手が(母親が)、その条件を受け入れそうかどうかも、しっかり(無意識に、瞬時に)吟味しているということがわかります。こうして、子どもはタフになっていく、自分の守り方を学んでいっているのだなぁと、感心しました。
ワンオペでがんばっているあなたの暮らしの中で、子どもたちは、大切なことを学んで成長していっていると思います、と私は言いました。彼女はすぐに腑に落ちる感じではありませんでしたが。
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第1回小言を言わないということ
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第2回鼻血の教訓
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第3回誰が息子に現実を教えてくれるのですか
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第4回子どもを本当に励ます言葉
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第5回今のままではダメなんですか?
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第6回乾燥機は使わないで
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第7回ある幸福な一日
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第8回吹雪の中を
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第9回この子はどんな形の木になるのだろう
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第10回鼻クソを拭かせてください
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第11回徳島で一番の蕎麦
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第12回迷ったり悩んだりするあなたを信じます
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第13回なぜ子どもが話をしてくれないのか
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第14回孫もワンオペ
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第15回誰の気持ちが中心になっていますか?
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第16回これだってすごくジェンダーな状況だよ!
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第17回お父さん!お母さん!キャンプに行きませんか?
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第18回規則正しい生活
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第19回子どもの成長を尊いと感じること
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第20回とうちゃんのようになりたいと思います
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第21回娘が家にお金を入れない
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第22回お父さんをどうしたらいいでしょう?
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第23回結果ばかりにこだわる子ども
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第24回山空海温泉のこと
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第25回子どもの機嫌をとることへの罪悪感
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第26回ごはん一杯おかわりするならゲーム15分
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第27回理由も聞かずに味方になる
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第28回いわゆるゼロ日婚約の知らせ
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第29回子どもを叱るとき暴力はダメ
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第30回「豚の珍味出てる」というLINE
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第31回ゼッケンは毎年、つけ替えること
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第32回反抗期を長引かせる方法
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第33回この不幸を手放したくない?
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第34回あえて甘えさせるという育児のぜいたく
1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。