子育てに迷う

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この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第30回

「豚の珍味出てる」というLINE

2024年11月8日掲載

昨夜、末っ子からめずらしくLINEがあった。テレビ番組の放送を紹介したネット記事のURLと、「豚の珍味 でてる」の2行だけだった。

番組予告の動画を見ると、横浜駅の近くの古い飲食街の紹介だった(実際の店の名前は「豚の味珍 (まいちん)」)。他人には、なんのことかわからないだろう。しかし、僕たち親子にはとても思い出深い話なのです。行ったことはないけれど。

この連載の第8回(「吹雪の中を」)で、2月に末っ子が受験で横浜に行ったときの話を書いた。あれはもう、はるか昔のように思えるけれど、まだ今年の出来事なのだと、とても不思議な気がする。
あのとき子どもは初めて一人で旅して受験に向かった。ホテルで泊まる子どもに、妻が「晩御飯は食べた?」と母親らしい質問を送った。それに対して、子どもからは、「歩いて探してたら、狸小路ってところに来た。ご飯屋と思って入ったら思いっきり飲み屋だった。でも豚の耳とかをおかずにごはん食べた。うまかった」という返事が来たのだった。

自分たちなら受験のときにそんな行動はしない。でも、息子は違った。自分や妻とは違うやり方で、その時間を味わっていたし、楽しんでさえいた。あのときに、妻も僕も、なんでそんなことをするんだ、やるべきことがあるだろう、とは思わなかった。それよりも、子どもの独立を感じた。子どもは、自分たちとは世界の見方、感じ方が違うのだと、はっきりとわかった。それは、遠く離れたところで、一人で考えて動いている彼の姿をイメージしたから尚更そう思えたのかもしれなかった。もう彼に起こるいろいろな出来事は、僕たちがどうこうできることではなくなっている。

そして、世界への向き合い方が、子どもと自分たちでは違うということは、この先のお互いの人生の、ほかの場面でもそうなのだと、わからせてくれた。そういう大切な出来事だった。それが第8回の文章のポイントだった。子どもに去られる親である自分をはげます、気持ちをしっかり持とうという、そういう内容だった。

それから半年以上たって、その店のあるあたり、なつかしの狸小路が特集されるということを、彼はネット記事で見かけた。彼にとって大切な思い出である真冬の受験。そのときに元気をもらった(であろう)、あの店の話題を、親にも知らせようと、そういう気になってくれた。それぐらいは親が自分に関心を持っているだろう、親もこの記事を見て喜ぶだろう、そういう彼の信頼を感じて、とてもうれしかった。
おおげさに言えば、ともに語るに値する相手だと、子どもが思ってくれていることを感じて、うれしかった。

そして、今、彼は元気だということも、このLINEからわかる。気持ちが沈んでいたり、なにかに追い込まれてしんどくなっていたら、こういうLINEは来ないだろう。そういうことも思った。

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著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。