子育てに迷う

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この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第35回

お話はうけたまわっておきます、という姿勢

2024年12月13日掲載

知人から先日聞いた話です。彼は小学生の男の子の父親です。ある日の夕飯のとき、「後ろの席の女の子が、いつも寝癖をからかうねん」と言ったそうです。たしかに、このごろ息子さんは、朝行く前に洗面所でよく髪の毛を気にしているそうです。そんなにひどい寝癖じゃないそうですが、子どもの髪の毛はイキがいいので、少し水をつけて押さえたぐらいでは、全然なおらないそうです

知人は、そうやってからかってくる女の子は、もしかしたら息子のことを、いい意味ですこし気にしているのかもしれないな、などと楽しく、ただ話を聞いていたのだそうです。でも、奥さんのほうは、そのことをかなり気にしていて、「今度授業参観に行ったときに、担任の先生に頼んでみようかな」などと悩んでいる。その夕飯のときにも、「お母さんから、先生に言ってあげようか?」と息子さんに聞いたそうです。子どもは「それはいらんわ」と、少し迷惑そうな顔だったそうです。

この話からだけでは、本当にその女の子が息子さんのことを憎からず思っているのか、それとも、ただからかっているだけなのか、それはわかりません。しかし、少なくとも息子さんは先生に注意してほしいから、その話をお父さんやお母さんにしたのではなさそうです。少し嫌だなぁと思っていることを、ただ言ってみただけ。それなのに、お母さんから担任の先生にお願いするということになると、思っているよりもオオゴトになってしまうでしょう。彼はそれは望んでいなかったのでしょう。そういうことって、よくあると思いませんか。

こういう状況ならどうでしょうか。毎晩の散歩コースで通るショッピングモールには本屋さんがあり、駅に向かう高校生がたくさんその前でおしゃべりしています。あるとき、二人の女子高生が話していました。一人が、「〇〇(おそらく男子の名前)って、こんなこと言うねん」という言葉が聞こえてきました。その話し方や表情からして、気になっている男の子のことを友人に話しているようでした。私が印象的だったのは、聞いている側の女の子のほうです。その子は、そうなんや、そうなんや、という感じで、何を返すでもなく、ただ関心を示しながら聞いてあげていました。

ちょっと考えてみてください。もしもこの場面で、聞いている側の子が「アンタは〇〇のこと好きやねんな。だったら、私が代わりにアンタの気持ちを彼に伝えたげようか?」などと、いきなり言ったらどうでしょうか。「いやいや、そんなことまでは望んでいないよ」ってなるのではないでしょうか。

そもそも、なぜだれかのことが気になっているという話を友だちにするのでしょう。自分の思いを彼に伝えたい(コクりたい)とか、付き合いたいとか、そんなことは考えていなくても、今その人のことが少し気になっているんだということ(まあ少し大切な秘密)を、信頼できる相手に知っておいてもらう。その曖昧な状態を共有してもらう。それで安心することもあるし、少し幸せな気分になれることもある。なんとなく勇気が出ることもある。そういうことってあると思うのです。

子どもから、学校でだれかに嫌がらせをされているような話を聞けば、もちろん親ですから、気になるのは当然だと思います。この子はすごく困っていて、嫌だと相手に言えずに、先生にも相談できずにいるのだろうか。自分に助けを求めているんだろうか。そう思うのは仕方のないことです。ましてその子が、このごろ少し元気がないようだ、などと感じているときであれば、なおさらです。なので、子どもがどういうつもりで話しているのかを、観察することは大切だと思います。

それでも、今すぐに助けを求めていないのに、先生に相談してしまって、子どもとその相手の関係が気まずくなってしまうのはさけたいところです。この先も、親を信頼して打ち明け話を気楽にしてもらうためにも、今の段階ではまだ曖昧な子どもの話を、子どもの気持ちを受け取ろうとしながら、聞いておく。自分が感じた印象もあわせて、しばらくそのまま持っておく。無関心ではない、関心はしっかり持ちながら、すぐに動くことはしない。そういう、いわば「お話はうけたまわっておきます」というような聞き方や姿勢が、子どもの話を聞くときに大切な場合があると思います。

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著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。