子育てに迷う

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この連載について

自分も子育てでいろいろ悩みながら、子どもの問題について親のカウンセリングを長年続けてきました。また、地域の診療所で外来診察や訪問診療も担当しています。育児の悩みや家庭でのコミュニケーション、そのほか臨床の現場で出会ったこと、考えたことなどを書いてみます。

第36回

Eテレ出演と満里奈さんとの対談

2024年12月20日掲載

先日、Eテレの「おとなりさんはなやんでる。」という番組に出るために東京に行きました(11月28日に放送されました)。
子どもの叱り方がテーマでした。ビデオでは何度かこの番組に出たことがありましたが、今回はじめてスタジオ収録に参加しました。司会のタカ&トシさんにもはじめて直にお会いしました。アドリブでまわりを笑いに巻き込んでいく熟練の技、頭の回転の速さと心の構え、真横で見せていただいて非常に感心しました。

そのような、コミュニケーションの達人であるタカさんも、家庭では悩めるお父さんだそうです。小学生の息子さんに、めちゃくちゃ怒ってしまう。ちゃんと話ができないほどに腹を立ててしまうのだそうです。卓越したアドリブの技と、心の保ち方も、家庭での親子のコミュニケーションには生かされていないようでした。そう私が言うと、それは考えてもみなかった、とのことでした。これからは感情的にならないようにがんばるとのことでした。

今回は、それとあわせて、せっかく東京に行くということで、以前から対談の話をいただいていた渡辺満里奈さんともお会いしてきました。彼女のインスタグラムにもそのときのことが紹介されています(投稿はこちら)。来年春に出版される彼女の本(『不機嫌ばかりな私たち』講談社)に、対談の内容も収録される予定です。

彼女は『去られるためにそこにいる』(日本評論社)という私の本を、とても熱心に読んでくれており、これまでもいろいろなところで紹介してくれていました。この本のAmazonページにも彼女の写真と推薦のコメントを載せてもらっています。

華やかな場所でずっと活躍されてきて、仕事も家庭もかっこよく生きておられる。周囲の誰からもそう見えると思います。それでも満里奈さんにも、人間だから当然ですが、いろいろとしんどいこと、苦しいことがあるのだとあらためて知りました。そして、とても誠実に自分の置かれた場所で生きておられる人だと思いました。

対談ではたくさん話をしましたが、それらは彼女の本で読んでいただくということで、ここでは、いちばん私の心に残ったことを紹介しておきます。あいさつをして、まず私は、長く拙著を応援してくださっていることへのお礼を伝えました。そこから、司会役のライターさんが「この本のどこに満里奈さんはぐっと来たんですか?」と聞きました。

たくさん折り目のある『去られるためにそこにいる』の本を彼女は持っていました。それを見ることもなく、「いろいろあるんですが、たとえばすごく支えてもらったのは『カウンセラーも悩む親』という章です」と答えました。ライターさんが「そのどんなところが良かったんですか?」と質問しました。すると彼女は即座に「『こうやって気を紛らわせながら生きていくのは、あかんことなん?』って男の子が母親に言うところです」と、やはり本を見ずに言いました。そう言っている途中から涙がこぼれて止まりませんでした。しっかりと読んでもらえていることが伝わってきて、私はとても感動しました。

「実は、その話は、クライエントのこととして書いていますが、うちの次男の話なんです」と私が言うと、彼女は「じゃあ、このAさんは奥様なんですね、息子さんが出ていくところをビデオに撮ったのは先生なんですか!」と言ってとても驚いておられました。

私や妻は当たり前のように受験勉強をして、難関と言われる大学に進みました。それ以外の生き方を知りません。長男も、いろいろとやんちゃなこともしつつ、受験勉強にはしっかり取り組みました。しかし、次男はそうではありませんでした。彼は、高等専門学校に通っていましたが、大学を受験すると言ってそこを5年生でやめました。しかし、受験勉強にしっかり取り組むことはできていないようでした。いつも苦しそうな表情で過ごしていました。どう接していいのかわからず、妻や私は親としてたいへん悩みました。そのことを書いたのが、「カウンセラーも悩む親」という章です。

春になり、受験がうまくいかなかった次男は、北海道に旅行しました。そして十勝・上士幌町にある牧場の仕事を見つけてきて、20歳の春に家を出て行きました。町営住宅で暮らしていた彼のところに、その年の夏に妻と私と末っ子の三人で会いに行きました。このときの次男からは、家で受験勉強をしていたときのような、苦しそうな感じがとれていました。帰り際に、妻が彼に「あんたも、いつかはちゃんと暮らしていかないとあかんと思うよ」と言ったとき、彼が堂々と言い返したのが、「こうやって気を紛らわせながら生きていくのは、あかんことなん?」という言葉でした。

その言葉で、妻も私も、自分たちが囚われていた価値観に気がつきました。勉強していい大学に行って、就職して結婚して……そういう考え方です。そして、それをずっと子どもたちに押し付けていたのだということもわかりました。次男の言葉は、雄大な景色のなかで、しっかりと一人で暮らしている彼の自信もあいまって、私たちの心に響きました。私たちはその彼の言葉によって、自分たちを縛ってきたことからいろいろな意味で解放されました。だからこそ、満里奈さんが対談のはじめに、本を見ることもせずにこの言葉に触れてくれたことに、私は感動したのでした。

その後、次男は牧場で働くうちに、フィリピンから帯広畜産大学に留学してきていたアディさんという獣医師さんと知り合い友人になりました。そしてアディさんが教員をしているフィリピンの大学で学ぶ決心をしました。その続きは、また次回に書きたいと思います。

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著者プロフィール
田中茂樹

1965年東京都生まれ。医師・臨床心理士。京都大学医学部卒業。文学博士(心理学)。4人の男の子の父親。
現在は、奈良県・佐保川診療所にて、プライマリ・ケア医として地域医療に従事する。20年以上にわたって不登校やひきこもりなどの子どもの問題について、親の相談を受け続けている。
著書に『子どもを信じること』(さいはて社)、『子どもが幸せになることば』(ダイヤモンド社)、『去られるためにそこにいる』(日本評論社)、『子どもの不登校に向きあうとき、おとなが大切にしたいこと』(びーんずネット)がある。