書店員は見た!

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この連載について

本が手元にないと困るのです。例えばお風呂、歯磨き中、はたまたトイレでも読書せずにはいられない。
そんな私がひょんなことから書店員になりました。書店員って落ち着いたイメージでしたが、なってみたら全然違う! 日々、思いもよらぬ問合せに大わらわ!!
そんな書店員の日々、ちょっとのぞいてみませんか? 読めばあなたも書店に行きたくなるかもしれません。
※ 実際のエピソードから、個人を特定されないよう一部設定を変更しております。

第34話

店員の顔を覚えるのは意外と難しいものです。

2026年3月16日掲載

「あら、あなた、聞きたいことがあったのよ! いてくれて良かったわ」

 コミックの新刊を出しているところで、ご年配の女性に話しかけられた私は「はい、なんでしょう?」と微笑みました。

 女性は、私の母よりも上の世代に見えます。

 今や全世代が漫画を読んでいると言っても過言ではないでしょう。この日も、女性向けコミックスの発売日とあって、午前中のうちから新刊台は賑わっていました。午前中は主婦層やお仕事をリタイヤされた世代、夕方は学生たち、夜は仕事帰りの人々……といった具合に客層が変化しながらも、新刊のコミックスを手に取っていくのだから、面白いものです。

「先週はありがとね。すごく助かっちゃったわぁ。それでね、私が話しかけた時、あなた、ここの棚に本を入れてたじゃない? その本、その日は買わなかったんだけど、やっぱり欲しいなと思ってね。タイトルはわかんないんだけど」

 早口でまくし立てる女性に圧倒されながら、「ちなみに、先週の何曜日かは覚えておいでですか?」と聞くと、「金曜日よ! 土日ずっと『買えば良かったわ』って後悔してたから」

 そうですか、金曜日ね。わたくし、金曜はお休みでしたので、その本を品出ししたのは私ではありませんな。残念!

 ただ、もしそれが私だったとしても、先週この棚で何を持っていたのかなんて、絶対に覚えていない自信があります。だって私たち書店員は、たいていの場合、本を持ち運んでいるんですもの。

 今日は火曜日。私はじっと棚を見ました。金曜の新刊だとすると、ここまでが今日の新刊で、ここからここまでが月曜日に出たものだから……。

「金曜日に出したのは、このあたりですね」と、わたしが棚の三段目を指すと、女性は一冊ずつ表紙を確認していきます。

「どれでもないみたい。髪の長い女の子が表紙でね、深い緑色っぽい背景だった気がするのよね」

 あぁ! 私はピンときました。今日、追加分が入荷してきたので、平台に移動した本がそんな感じの表紙だったかも。

 並べた本が、常に同じ場所にあるわけではありません。私たち書店員が売れ行きを見つつ位置を変えたり、関連本が入れば並べてみたり、試行錯誤を繰り返しているからです。

 なかでもコミックスの新刊台は、常に大きく動いています。新しいものを入れ、棚に入りきらなくなったものは新刊から下げ、話題書や、推したい商品を平積みして、時には三日も新刊台に置いておけないなんてこともあるほどなのです。

 平台に積み上げた本を手に取り、「こちらですか?」

 異世界転生コミックスの人気シリーズの最新巻です。

「あぁ、これよこれ! ありがとう! 良かったわぁ、先週もお手間をとらせたけど、聞いたら一発だもんね! さすが!」

 満足顔で帰って行く女性。

 お褒めいただき、誠にありがとうございます。とっても嬉しいです。そう、本のことは本屋に聞けばたいてい一発なんです。ぜひまたお越しを。

 ただ、先週のことはわからん。先ほどの女性に、いいことをしてあげた記憶が何ひとつない。

 つまり、マダムは誰かと私を間違えているということ。

 誰なのかは、予想がついています。

 コミック担当のFさん。当店のコミックチーム(と言ってもFさんと私だけですが)のリーダーです。

 ”丸顔で眼鏡の中年女性“というのが、私たちの共通点。顔立ちが似ているわけでもないのに、しょっちゅう間違われるのでした。

 さて、仕事仕事。

 品出しに戻ろうとした私に、別のお客さまが小走りでやって来ました。

「店員さん! 本、自分で見つけられました! 探していただいてありがとうございます」

 お客さまに声をかけられ、「いえいえ、良かったです〜」と答えると、私はインカムでFさんに呼びかけました。

「Fさん、もしかして今お問合せの本探してますか? お客さま、ご自身で見つけたそうです」

 Fさんから「あ、あったの? 良かった〜。了解です」と返ってきます。

 レジの横を通ると、自分で本を探し出したお客さまのレジをFさんが担当していました。

「ありがとうございました」とおっしゃるお客さまに、Fさんは「いえいえ〜。うふふ」

 丸顔で眼鏡で、白シャツにエプロンをした中年女性を、初対面のお客さまが見分けるのはきっと難しいことなんだろうな……。

 レジを終えたFさんがやって来て

「今のお客さまが買っていかれた本、森田さんも好きそうだったよ」と言います。

「えー、どれですか?」「これとねぇ……あとこの本」

 一冊はすでに読んでいます。そして、めちゃくちゃ素晴らしかった。早くも、”今年イチ泣いた本”になりそうな予感。

 もう一冊も、読みたかったやつ! 今日買って帰ろ。

 すると、近くにいらっしゃったご夫婦が、私たちを見て「君たち似ているね」と声をかけてきました。

 そうですか? 私たち、よく見てみると全然似ていないんですよ。眼鏡で丸顔、本が好きってところ以外はね。

【お客さまが買って行った本】

『熟柿』

佐藤正午/KADOKAWA

本屋大賞にもノミネートされている本作。雨の夜、泥酔した夫を乗せた車で老婆を撥ね、轢き逃げの罪に問われたかおり。服役中に息子を出産するも、出所後、接見を禁じられ……。かおりの人生を見つめるのは辛いのに、読むのがやめられない。特に後半は圧巻で、読了後は呆然。これぞ読書! という体験でした。ぜひ、あなたも。

『アナヅラさま 』

四島祐之介/宝島社文庫

‟やがてそう呼ばれるこの存在を、少々気が早いが、ここでもう「アナヅラさま」と呼称することにしよう。”冒頭で、さっそく心を掴まれました。女性の行方不明事件が相次ぐなか、囁かれるようになったバケモノの都市伝説。ホラーの空気をまといつつ、ミステリーとして一気に読ませてくれます。主人公の女探偵も魅力的!

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著者プロフィール
森田めぐみ

1981年茨城県生まれ。書店員。転勤族の夫とともに引っ越しをくり返している。現在は、夫、息子、娘、犬1匹、猫4匹と暮らしながら、東京の片隅の書店に勤務中。
初めての著者に、『書店員は見た!〜本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)がある。